メイナードカラーのマシンを走らせるチーム・ペンスキーのシモン・パジェノー、インディカーiRacingチャレンジ最終戦にて
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インディ500王者の走行妨害に批判集中…“紛い物”にされたシムレース

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インディカーiRacingチャレンジの最終戦は、人々の記憶にどう残るのだろうか? インディアナポリス・モーター・スピードウェイで開催された70周175マイルのレースの結末は全く以て理想的とは言えなかった。

前戦COTAで飛び入り参加していきなり優勝をかっさらったランド・ノリスは、この日のレースもマクラーレンSPから参戦。2番手フロントロウからスタートして終始先頭争いに絡み、トップを快走していたものの、残り3周でライバルの”悪意”が2連勝を阻んだ。

故意の走行妨害で優勝絶たれたノリス

レース最終盤にジョセフ・ニューガーデン、佐藤琢磨、セージカラムら多数を巻き込む大クラッシュが発生したために、レースは3度目のフルコースイエローによって中断。残り10周で再開されると、ここを勝負所と踏んだ4番手ノリスが果敢にプッシュし始めた。

ラスト8周でトップ3に浮上したノリスは、ターン2への進入でグレアム・レイホールのイン側に切り込んだ。レイホールはアンダーステアを抱えて幾らかアウト側に流され、チーム・ペンスキーの現役インディカードライバーにして昨年のインディ500ウィナーであるシモン・パジェノーのラインと交錯。パジェノーはウォールに弾き飛ばされ優勝のチャンスを失った。

ブリックスヤードを駆け抜けるマクラーレンSPのランド・ノリス、INDYCAR iRacing インディアナポリス決勝
© Chris Graythen (Getty Images)、ランド・ノリスはパパイヤオレンジカラーのマクラーレンSPから出走した

修復のためにピットへと向かったパジェノーは、スポッターと共にノリスの動きを非難。「ランドをやっつけようぜ!」という言葉を口にしてピットアウトしていった。その数周後、コース上で故意に減速したパジェノーのマシンを避けきれず、ノリスのマシンは宙に舞った。

ファイナルラップでは、その後味の悪さが更に増す事となった。マーカス・エリクソンがマクラーレンの2台を一気に抜き去りトップに出るも、抜かれたパトリシオ・オワードが最終コーナーへのターンインの際にエリクソンの車体後方に激突した。

これを上手くかいくぐったオリバー・アスキューがトップチェッカーを受けるかに思われたが、フィニッシュライン直前でサンティノ・フェルッチがアスキューに接触。スコット・マクラフリンの優勝は色褪せてしまった。

なんて負け犬だ…非難の集中砲火

物議を醸すのは必至で、炎上するのは必然だった。マクラーレンのザク・ブラウンCEOは「チャンピオンにあるまじき行為だ」とパジェノーを批判し、F1のデジタルプレゼンテーターでお馴染みのウィル・バクストンは「バーチャルインディ500を凄く楽しみにしていたけど、最後の数周は全く楽しめなかった」と嘆いた。

「確かに”ただのゲーム”ではあるけど、数人の仲間内でやるプライベートの遊びじゃなくて、これは公式に認可されたイベントだった」とバクストンは指摘する。「あれは(ラスト数周で見られた幾つかの走り)ロイヤリティーの高いファンを裏切るものだった」

「それにスポーツマンシップの欠如という点でも衝撃的だが、現在の世界情勢においては、バーチャルスポーツへの賭け事が巨大なビジネスになっている点も注目されて然るべきだ。故意に他人を追い出すなんて、褒められたものじゃない」

レース後、ノリスと共にパジェノーのストリーミング映像を見直していたゲーム仲間のマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)は「何なんだよ?なんてバカなヤツなんだ。おいおい、今まで見た中で最も馬鹿げた光景だぜ」と言い放った。

パジェノーはノリスに「スローダウンさせようとしただけで、クラッシュさせるつもりはなかった」と釈明しているが、映像を見返したノリスは「なんて嘘つきなんだ! 一流の俳優かよ。なんて負け犬だ」と叫び、煮え切らない想いを爆笑という表現で覆い隠した。

2019年第103回インディ500で勝利し雄叫びを上げるチーム・ペンスキーのシモン・パジェノー
© Indycar / 2019年の第103回インディ500で勝利し雄叫びを上げるシモン・パジェノー

23位に終わった元F1ドライバーのマックス・チルトンは、フェルッチの行為について「驚きはなかった」とする一方で「シモン(の行為)にはビックリした」と述べ、インディ500ウィナーのまさかの行為に驚きを隠さなかった。フェルッチはF2に参戦していた2018年に現実世界のレースで故意の接触を引き起こし、所属していたトライデントを解雇されている。

「インディカーが悪い目で見られている事を残念に思う」とチルトンは語った。「ランドは勝利に値するドライビングをしていたし、オリバーもそうだった。ゲームだという事は分かっているが、スポンサーやチーム、シリーズを代表するチームシャツを着ている以上、責任を問われるべきだ」

“紛い物”にされたシムレース

F1公式バーチャルGPが各界の著名人らを交えながらエンターテインメントとして開催されているのに対し、インディカーiRacingチャレンジは参加者全てがプロのレーシングドライバーであり、リアルレースの仮想戦といった位置づけでプロモートされ、NBCSNを通じて米国全土にテレビ放映されていた。

イベントに際しては通常のレースと同じように2日間のプラクティスが設けられ、エンジニアとスポッターがドライバーをサポートし、昼夜を問わずに仕事に取り組む。リアルレースと変わらない真剣勝負…そういう視線でレースを見守っていたファンの多くが興ざめしたであろう事は想像に難くない。

2019年のインディ500チャンピオンという看板を背負って参加した”真剣勝負の場”でのスポーツマンシップにもとる行為。インディカー・シリーズの名声は少なからず貶められた。コンテキスト的にはパジェノーに弁解の余地はなく、見渡す限り擁護する声も少ない。

iRacing.comのエグゼクティブ・バイスプレジデントを務めるスティーブ・マイヤーズは「これはインディカーのプライベートシリーズであり、参加者も彼らが独自に決めたものだった。我々はレースに関する問題について、内輪のリーグでの取り締まりを仕事にしているわけではない。彼(パジェノー)がシリーズとiRacingにとっての最高のチャンスを”見せかけだけの紛い物”にした事が最悪かって?全くその通りだ」と憤慨した。

現時点でパジェノーが所属するチーム・ペンスキーや、シリーズ側からは特に声明は出ていない。

突如メインストリームに担ぎ上げられたシム

“シムレース”というカテゴリーは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の世界的流行によるカレンダー凍結を背景に、突如モータースポーツ文化のメインストリームに担ぎ上げられる事となった。意図せずサブカルからの脱皮を強いられたシムレースは、コアファンの間の中だけで確立されていた存在から、より広範な認知を獲得するに至る過渡期にあると言える。

シムレースに関しての世間一般の共通理解は確立されておらず、”中の人達”には受け入れ難い事だろうが、”ゲームに過ぎない”との考えは少数ではない。グリッドに着いた33名の中で誰よりも多くの時間をシムレースに費やしてきたノリスと、今回始めてシムレースに触れた人々との認識の間に横たわる溝が如何に深いかを想像することは決して難しくはない。

ハンコンを握ってシムレースに取り組むマクラーレンのランド・ノリス
© McLaren / ハンコンを握ってシムレースに取り組むマクラーレンのランド・ノリス

創世記のビデオゲームは、意識や感情を持たない電子信号の集合体である対コンピューターとの戦いだった。スーパーファミコンで2Pプレイが一般的になっても、それは”隣りにいる”友人との顔を見ながらの競い合いであったが、時代は大きく変わった。

シムレースでの対戦マシンは、見た目としてはディスプレイ上で表現されたドットの集合体に過ぎないが、それはインターネットを介して現実世界に生きる”名のある血の通った個人”とリンクされている。現実にはプライベート空間にいながらも公の場に立つ感覚。人類はまだ手探りだ。

ノリスはエンジニア達と共にレースへの準備に計24時間を費やしたのだという。彼らにとっての今回のイベントはリアルレースと何ら違いはなかった。家族と過ごす時間を削ってまで”ゲームに過ぎない”iRacingに注力していた。

ノリスはパジェノーから謝罪を受けたとしているが、当人はSNS上で「忍耐力のない人間が多くて困る」とでも言いたげな投稿を上げ、自身に非がないことを暗にアピールしているように見て取れる。擁護する気も非難する意図もないが、”認識の相違が生み出した誰にとっても不幸な状況”、という視点を持たないことには問題の解決には至らないように思う。

インディ500の恐ろしさを知るパジェノーが、実戦でも同じ事をするかと言えば決してしないだろう。パジェノーのiRacingに対する認識は、創世記のビデオゲームに対するそれと同じだった。彼はシムレースという文化を作り上げ、育て、ここまでの規模に発展させてきた無数の人々がいるという事実に思い至らず、それを大切に想う”ガチな奴ら”がいる事をイメージできていなかった。

野良レースに過ぎなかった走り屋達の”内々の趣味”が、テレビ視聴者数億人規模の世界的スポーツへと至る過程において様々な意識改革と変革を必要としたように、シムレースもまたそれに類似する道を歩んでいくのだろう。もはやコロナ以前のような内に閉じた趣味的存在に戻る事はないし戻ることも出来ない。

ルーキー初のインディ500勝利を目前に、ファイナルラップの最終コーナーでクラッシュした事で知られるJ.R.ヒルデブランドは、この状況をポジティブな視点で照らしてみせる。

「ただのゲームか否かという単純な問題ではないと思う。重要なことは、この大会がどのように定義され、伝達され、そして提示されているかだ。本物と同じ方法であれば、人々は本物と同じように消費し反応するだろう。これは尊重されるべき部分だ」

「すべてのバーチャルレースがそうであるわけではないが、好むと好まざるに関わらず、そういうものだ。不慣れな環境において自覚的である事の難しさは、世間一般においてちゃんと理解されていないように思う」

「それはそれとして、こうした混乱した状況下での実験的な試みをきっかけに、こういった事について学ぶ事は、決して悪い事ではないと思っている。バーチャルレースをして、それに伴う様々な側面を何とか上手くやりくりして成長する。前に進めていくという点でベターだと思う」