CRB介入にまで発展したピアストリF1契約騒動の真相、お粗末すぎたアルピーヌの法務実務

アルピーヌのリザーブドライバーを務めるオスカー・ピアストリ、2022年Courtesy Of Alpine Racing

アルピーヌF1チームはオスカー・ピアストリとの契約交渉を担当したベネディクト・マーサーを11月8日付けで解任した。解雇されたのか、自発的に退職したのかは不明。11月15日付の登記所公開文書で明らかになった。

ベネディクト・マーサーは英国オックスフォードシャーに本拠を構えるアルピーヌ・レーシング社の法務担当役員を務めていた人物で、2022年夏の契約騒動を巡る関係者の一人だ。前身のロータスF1チームやヴァージン・レーシングでも法律担当、法律顧問を務めていた。

フェルナンド・アロンソのアストンマーチン移籍発表を受け、アルピーヌは2022年の契約があるとしてピアストリを後任とする発表を行ったが、契約承認委員会(CRB)での審議を経て有効な契約が存在していなかった事が明るみに出た。

アルピーヌ、ピアストリ起用を発表も本人否定

アルピーヌは欧州現地2022年8月2日(火)、アロンソの後任としてリザーブを務める21歳のオーストラリア人ドライバーとの契約を発表した。

だがピアストリはSNSを通じ、アルピーヌのプレスリリースは自身の「同意なしに」発行されたもので、来年アルピーヌでドライブする事はないと主張した。

「これは誤りであり、僕はアルピーヌと2023年の契約を結んでいない。来年、アルピーヌでドライブする事はない」

Courtesy Of Alpine Racing

アルピーヌのリザーブを務めるオスカー・ピアストリとフェルナンド・アロンソ

アルピーヌのプレスリリースは不自然なものだった。この手のプレスの場合、例外なくドライバーのコメントが記されるものだが、ピアストリのコメントは掲載されていなかった。

SNSを通しての反論についてピアストリは、マネージャーを務める元F1ドライバーのマーク・ウェバーを含むマネジメントチーム共々、そうする事が必要だと判断したのだと説明した。

「あれは僕のキャリアで最大の瞬間だったし、おそらく今までの人生で最大の瞬間だった。あの誤った発表を否定しないと法的な影響を受ける可能性もあったし、マネジメントと僕は正さなきゃならないと感じたんだ」

ピアストリはこれ以前にアルピーヌに対し、2度に渡ってチームを去る意思を伝えていた。

忠義を欠いたと批判するアルピーヌ

ピアストリが2023年のアルピーヌでのF1ドライブを否定した事を受け、チーム代表のオトマー・サフナウアーは忠義を欠く行為だとして批判した。

アルピーヌとピアストリとの関係は、旧ルノー・スポール・アカデミー契約を結んだ2年半前の2020年に遡る。以降アルピーヌは多額の資金を投じてそのキャリアをサポートし続けてきた。

サウナウアーはスペインの「El Confidencial」とのインタビューの中で「彼のために文字通り何百万ユーロも投資してきたのだから、それなりの忠誠心があって然るべきだ」と不満をあらわにした。

「彼は面倒を見てくれたチーム、世界選手権へと導いてくれたチーム、そして何よりも、サーキットに対する準備のために昨年を通してF1マシンに乗せてくれたチームに対して忠義を示すべきた」

「私は1989年にF1でのキャリアをスタートさせたが、こんな事態はお目にかかった事がない。これはF1というよりも、人としての誠実さという話だ」

Courtesy Of Alpine Racing

アルピーヌのオトマー・サフナウアー代表、2022年3月10日F1バーレーンテスト

長年に渡る多額の投資を理由にサウナウアーは、仮にピアストリがチームを去った場合、損害賠償を求める可能性を除外しなかった。

「まずはオスカーとの法的な関係を確認してみよう。契約では、多額の投資によってF1までの彼のキャリアをサポートする、という内容になっている」

「何よりシングルシーターで3,500km走った昨年の件を考慮に入れる必要がある」

「彼とのテストは7回に及んだ。これは決して安いものではない。エンジンのコストだけで175万ユーロかかるんだ。これに加えてメカニックやテストチームの人件費、飛行機や旅費といったものが加わってくる」

「我々はピアストリの将来のために莫大な資金を費やしてきた。もしその将来が我々と一緒でないならば、補償を求めるのは論理的かつ公平なことだ」

大袈裟、お前が言うなとの反論

これに対してマネージャーのウェバーはChannel 4に対し「その数字は大袈裟に膨れ上がっている」と述べ、下位カテゴリー時代にアルピーヌが支援した金額は全体の2割に満たないと説明した。

「ジュニアカテゴリー時代、オスカーはアルピーヌの投資だけでなく、チャンピオンシップの制覇によってかなりの額を集めた」とウェバー。

「つまり、資金の80%以上はアルピーヌ以外のスポンサーとオスカーの家族によって提供されたものだったんだ。幾らか背景を知っておく事も重要だ」

オスカーの父、クリス・ピアストリは車両診断やスキャン、キャリブレーション等のソフトおよびハードウェア・ツールを設計・製造する企業「HP Tuners」の創設者であり、家族は同社をスポンサーとして息子のキャリアを支えてきた。

実際、2019年のフォーミュラ・ルノーと2020年のFIA-F3選手権を経て、2021年のFIA-F2選手権でチャンピオンを獲得した際のピアストリのレーシングスーツに最も大きく掲載されていたのは「HP Tuners」のロゴで、アルピーヌのブランディングよりも遥かに目立っていた。

また、サフナウアーと同じくアメリカ国籍を持つ犬猿の仲、マクラーレンのザク・ブラウンCEOは、かつてサウナウアーが代表を務めていた2020年当時のレーシング・ポイントがメルセデスのマシンをコピーしたとの疑惑を受け科された罰金とペナルティを引き合いに出し、次のように反論した。

「最近の出来事や、フェルナンド(アロンソ)の離脱がオトマーにとって驚きであった事、そしてさほど遠くない過去に40万ユーロの罰金と15点の選手権ポイントの剥奪を受けた事から判断すれば、私には彼が最も声高に誠実さを叫び、倫理的な非難を行うに相応しい人物だとは到底思えない」

Courtesy Of Alpine / McLaren

アルピーヌのオトマー・サフナウアー代表とマクラーレンのザク・ブラウンCEO

無効と判断されたアルピーヌの契約

CRBによる審議は8月29日に行われ、アルピーヌ、マクラーレン、そしてピアストリの弁護士に対する聴取が行われた。その4日後、F1オランダGPのFP1を経て、ピアストリの2023年マクラーレン起用が発表された。

CRBは国籍が異なる4名のメンバーで構成されており、これとは別に4名の代理メンバーがいるが、いずれも国際的な地位と経験を有する弁護士資格を持つ者でなければならない。

今回の審議を担当したのは、議長を務めたイアン・ハンター勅選弁護士、クラウス・ペーター・ベルガー法学教授、マシュー・ド・ボアソン弁護士、ステファノ・アザリ弁護士の4名だ。

CRBは、マクラーレンとピアストリとの2022年7月4日付けの契約が「唯一承認される」ものであるとの結論に「全会一致」で達したと説明し、「ピアストリは2023年及び2024年シーズンでマクラーレンのためにドライブする権利を有する」と付け加えた。

サフナウアー代表が「自信がある」と豪語していたアルピーヌの契約は、2023年のピアストリを縛るような法的効力を有していないと判断された。

ピアストリがマクラーレンへの移籍を決断したのは、セバスチャン・ベッテルの今季末限りでの現役引退に伴うアロンソのアストンマーチン移籍と何らかの関係があるのではとの噂があった。

また、マネージャーのウェバーが旧知の仲であった事から、アロンソがアルピーヌ離脱を前に何からの情報をピアストリ側に渡し、それがマクラーレン移籍の決定打になったとのではとの憶測もあった。

だが、これらは契約締結日が「7月4日」という事実から否定された。ベッテルのF1引退発表は「7月28日」に行われ、アロンソとアストンマーチンとの交渉はこれを受けて始まった。

Courtesy Of McLaren

ヤス・マリーナ・サーキットに立つマクラーレンのオスカー・ピアストリ、2022年ポストシーズンF1アブダビテストにて

あまりにお粗末だったアルピーヌの法務実務

ピアストリ喪失の原因はアルピーヌの法務のお粗末な対応にあった。

RacingNews365によるとアルピーヌは2021年11月、2022年と2023年の計画を記した条件概要書をピアストリに発行していたが、それは交渉過程において使われる単なる合意文書であり、ウェバーは再三に渡って正式な契約文書の送付を要求していた。

2022年のリバーブドライバー契約に関してはシーズン開幕直前の3月14日になってようやくCRBに提出されたものの、これもまた法的に有効なものではなかったようで、ベネディクト・マーサーは昨年11月の条件概要書に「法的拘束力を持つ基本合意書」との文言を追加する事で対処したが、それでもなお効力を持つものではなかったものと思われる。

2023年のレースシートに関しても2022年のリザーブ契約同様、正式な契約書がピアストリの元に送られることはなく、アルピーヌ側は先の条件概要書を盾にCRBでの審議を争った。一連の対応の遅れについて法務担当のマーサーは、社内のリソース不足を理由に挙げている。

結局CRBは、マクラーレンとの契約が締結された7月4日時点でアルピーヌとピアストリとの間に2022年以降に関して「法的に有効」な契約は結ばれていなかったと判断。マクラーレンはダニエル・リカルドとの契約を早期解除とし、2023年のピアストリ起用を発表した。

なおアルピーヌは2022年5月、2023~2026年の4年間に渡る計画を記した提案書をピアストリに送付した。この中でピアストリは、2023年にウィリアムズでF1デビューした後、2025年にアルピーヌに戻される予定とされていた。

2021年2月1日にローラン・ロッシが取締役に就任して以降、マルチン・ブコウスキー、アラン・プロスト、ジェラルド・ロペス、そしてベネディクト・マーサーの4名がアルピーヌの役員会から去った。

移籍のきっかけはアルピーヌの将来不安

マクラーレンに接触した理由についてピアストリは、アルピーヌでの自身の将来が不透明と感じたためだと説明した。

「正直に言うと、アルピーヌでの僕の将来は明瞭さを欠いていた。チームは少なくともあと1年か2年はフェルナンド(アロンソ)と一緒に続けたいと公言していたから、僕はそれを尊重した」

「僕の希望はアルピーヌのシートでデビューする事だったけど先行きが不透明だったし、フェルナンドと同じように交渉に関して少し奇妙な感覚を覚えたから、(チームに留まる事が)正しい決断だとは思えなかった」

「将来が読めない状況の中、最終的には信頼関係が崩れてしまった」

Courtesy Of Alpine Racing

アルピーヌF1チームのリザーブドライバーを務めるオスカー・ピアストリ、2022年4月6日F1オーストラリアGP

アルピーヌは8月初めにアロンソの後任としてピアストリの起用を発表したものの、ピアストリはSNSを通してこれを否定。物議を醸した。

この件についてピアストリは、発表前に2度に渡ってアルピーヌ側に離脱の意思を伝えていた事を明かし、これを無視してリリースを発行したチームに対する不信感をあらわにした。

「僕に関する決定は(アロンソの離脱より)かなり前になされていたから、アルピーヌの発表には混乱したし動揺したよ」

「だってチームに対して続ける意思がない事を伝えていたんだから」

「あの発表は不誠実だった。かなり腹立たしかった。エンストンのみんなにきちんと別れを告げる機会もなかった」

「チームには2年半ほど在籍していたわけだけど、僕があのような形で去ることになったのを知って、みんな当惑していた」

チーム代表のオトマー・サフナウアーは例のリリースの発行前に、シミュレーターセッションに取り組んでいたピアストリ本人に説明しに行き「笑顔で感謝された」と明かしている。

だがピアストリは「あれは異様で、率直に言って腹立たしいエピソードだった」と非難した。

「状況を知らない何人かのメンバーの前で公然と言われたものだから、彼らの前で騒ぎを起こしたくなかったんだ」

「2人きりになってからオトマーに、自分たちの立場と、その前に何度も伝えていた事を改めて伝えたんだ。あの発表は本当にびっくりした」

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