FIA、F1トラックリミット判定にAIを導入…その興味深い仕組みと”ROC”改善の経緯
国際自動車連盟(FIA)は2023年F1世界選手権の最終アブダビGPで、トラックリミット(走路外走行)の監視・判定の効率化を目的として、人工知能(AI)を活用した新たなシステムを導入する。
物議を醸した2021年のアブダビGPを経てFIAは、スイス・ジュネーブにリモート・オペレーション・センター(ROC)を新設した。これは現場にいるレーシング・ディレクターを遠隔から支援するための仕組みだ。
ROCの責任者で副レースディレクターを務めるティム・マリオンによると、ROCは2022年の第5戦マイアミGP以降に本格稼働し、シーズンの3分の2を消化したタイミングで「セッション中の問題の特定、ルール遵守の監視の面で積極的に貢献」し始めたという。
そして導入2年目を迎えた今年、更なる改良が加えられた。
1年目はROCに配置されたインシデントの監視係が映像をモニタリングし、問題が発生する度に、インターコムを通して車番と発生時間をレースコントロールに口頭で報告。その後、レースコントロールが再度、確認するプロセスを取っていた。
これに対して2年目以降は「イベント管理ソフトウェア・プラットフォーム」と呼ばれるものを含む自動化システムが導入され、ROC側で問題箇所の映像を一時停止し、それを直接レースコントロール側に送信できる仕組みが整えられた。
その背景について情報システム戦略部門のシングルシーター責任者を務めるクリス・ベントレーは「口頭でのコミュニケーションは誤った理解やエラーにつながる傾向がある」と説明した。
2023年シーズンのオーストリアGPでは、トラックリミット違反が疑われる1200件を超える報告が上がり、調査が間に合わずにROCがパンクする事態が発生した。
従来、トラックリミット違反は、コースと車両との相対的な位置を推定する「オンカー検出」と「ループ検出」、そして人の目による「マニュアル検出」の3つを組み合わせて判定されていた。
だがマリオンによると、オーストリアGPでの反省を経てループ検出は精度が「不十分」である事が判明し、以降はシケインがあるコースを除いて廃止される事となった。
最も信頼性が高い解決策は興味深いことに、自動システム等のテクノロジーを介さない人の目によるマニュアル検出だったという。
またオーストリアGPの翌戦以降は、例えばカタールGPでは4名から8名へと増員されるなど、トラックリミットの監視要員が拡充された。2024年は8名体制を基本とする計画だ。
そして現在は、トラックリミットの基準点、つまりコースの端=白線を検出し、車両がこれを越えたかどうかをピクセル単位で自動識別するAIシステム、”コンピューター・ビジョン”の導入が進められている。
コンピューター・ビジョンとは、画像や動画をコンピューターに処理させ、そこから新たな情報・知見・洞察を引き出すことを目指すAIの研究分野を指す。
現在、医療の分野では、このコンピューター・ビジョンを用いて腫瘍や癌などのスクリーニング・データを処理する方法についての研究が進められている。
これは主に癌の可能性が高いケースの抽出を目指すのではなく、癌の可能性が低いケースを排除するのに活かされているという。
マリオンは「癌でない事が明らかな80%のケースを除外し、残りの20%のケースを十分に訓練された人々に評価してもらうというものだ。我々もそれを狙っている」と語った。
このアプローチによりROCは、大量のデータを効率的に処理し、トラックリミットを判断するための人的リソースを、より違反性が高いケースに集中させる事が可能となる。
今週末のアブダビGPでは実際に、このコンピューター・ビジョンが試験導入される予定だ。