
胸が張り裂けそう―完全菜食主義のハミルトン、カナダGPでの“激しいキス”がもたらした悲劇
ルイス・ハミルトンにとって、2025年F1第10戦カナダGPは忘れられない一戦となった。だが、それは好成績を残したからではない。レース序盤、ハミルトンの駆るフェラーリがウッドチャックと接触。9年間にわたり動物性食品を一切摂取していない”ヴィーガンドライバー”の心は深い傷を負った。
順調だったレースが一変
「それまでは本当に良い感じだったんだ」とハミルトンは振り返る。スタートは上々で、ポジションをキープしながら上位集団に食らいついていた。タイヤマネジメントも順調で、楽観的な気持ちでレースに臨んでいた矢先の出来事だった。
悲劇的な事故は8周目から9周目にかけて発生した。ハミルトン自身は何が起きたのか認識していなかったが、レースエンジニアのリカルド・アダーミから無線で伝えられた事実は、彼の不安を増幅させた。
「何が起きているのか分からないけど、全然ダメだ」とハミルトンが無線で訴えると、アダーミは「ダメージを考慮すれば、ペースは良い」と返答。この時点で、クルマに何か深刻な問題が発生していることは明らかだった。
Courtesy Of Ferrari S.p.A.
レース前のダミーグリッド上でクルマに乗り込むルイス・ハミルトン(フェラーリ)、2025年6月15日(日) F1カナダGP決勝(ジル・ビルヌーブ・サーキット)
「マーモットとの激しいキス」
フェラーリのチーム代表フレデリック・バスールの説明は、軽妙でありながらも事の重大さを物語っていた。
「8周目か9周目に、マーモットと激しくキスをしてしまったんだ。これでフロアフロントがすべてやられてしまった」
ジル・ビルヌーブ・サーキットは公園内に設けられた市街地コースであり、これまでにも度々、マーモットの一種であるウッドチャックといった野生動物との接触事故が発生している。
2007年には、スーパーアグリのアンソニー・デビッドソンがウッドチャックと衝突してフロントウイングを破損。ピットインを余儀なくされ、佐藤琢磨とのダブル入賞のチャンスを逃した。
また2018年には、ハースのロマン・グロージャンがフリー走行中にウッドチャックと接触。マシンのノーズを激しく損傷し、バージボードやフロントウイングにも深刻なダメージを負った。
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ジル・ビルヌーブ・サーキットを走行するルイス・ハミルトンのフェラーリSF-25、2025年6月15日(日) F1カナダGP決勝
動物を愛するハミルトン、心に傷
だが、ハミルトンにとってこのアクシデントは単なるレース中の不運ではなかった。
「本当に胸が張り裂けそうだ。僕は動物が大好きだから。こんなことになって本当に悲しい。最悪だよ。ここ(カナダ)では今までこんなことなかったのに」
2017年にヴィーガンへと転向して以降、動物愛護を訴えてきたハミルトンの言葉には、プロのドライバーとしてではなく、一人の人間としての深い悲しみがにじんでいた。
「その瞬間を目にしたわけじゃないけど、明らかにウッドチャックとぶつかる音が聞こえたんだ」
逆境の中でのプロ魂
ダメージは深刻だった。フロアの右側には大きな穴が開き、すべての整流フィンが失われた。だが、試練はそれに留まらなかった。
レース中盤にはブレーキトラブルも発生。さらに、最初のピットストップを引き伸ばした結果、トラフィックの後方に出てしまい、「次から次へ」と問題が重なる状況に見舞われた。
それでもハミルトンはレースを諦めなかった。
「特にブレーキの問題があったにもかかわらず、こうして完走してポイントを獲得できたことには感謝してる」
数々の苦境に見舞われながらも、ハミルトンはプロフェッショナルとしての責務を果たし、6位でフィニッシュしてフェラーリに貴重なポイントをもたらした。
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レース前のダミーグリッド上で準備をするルイス・ハミルトン(フェラーリ)、2025年6月15日(日) F1カナダGP決勝(ジル・ビルヌーブ・サーキット)
2025年F1第10戦カナダGPでは、ジョージ・ラッセル(メルセデス)がポール・トゥ・ウインで通算4勝目を飾り、メルセデスに今季初優勝をもたらした。2位はマックス・フェルスタッペン(レッドブル)。3位にはアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)が続き、キャリア初の表彰台を獲得した。
次戦はレッドブル・リンクを舞台に開催される第11戦オーストリアGP。現地時間6月27日(金)のフリー走行1でレースウィークが幕を開ける。