2%の違いで崩れる世界―角田裕毅、阻まれたRB19テストを経て向き合う“厄介な現実”

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2025年4月下旬、英国シルバーストン・サーキットで実施された「RB19」を用いたプライベートテストは、シーズン途中でのレッドブル昇格という難題に直面する角田裕毅にとって、同チームのマシンの本質を理解する絶好の機会となるはずだった。

だが、「典型的なブリティッシュウェザー」と予期せぬマシントラブルという二重の障壁に阻まれ、本来の目的を完全に達成するには至らなかった。

“教材”は理想も、天候とトラブルに阻まれ

第6戦マイアミGPを前に角田は、「走行開始時は路面が湿っていたのですが、ウェットタイヤを持ち込んでいなかったため、路面がドライになるまでかなり長い時間待ちました。さらに残念なことに、日が傾いてからは、ちょっとしたトラブルもあって、良い経験にはなったものの、結局あまり走れませんでした」と振り返った。

レッドブルがRB19をテスト車両として選んだ理由は明白だ。2023年シーズンに全22戦中21勝を挙げたこのマシンは、現行のグラウンドエフェクトカー規定下における“理想形”と評されている。マシンの基本特性はRB19からRB20、そして現在のRB21に至るまで一貫して受け継がれており、角田が直面している課題を理解する上で最適な「教材」となるはずだった。

だが、走行時間が大幅に制限されたことで、レッドブル車のコンセプトや特性を”自覚的”に理解するには至らなかったと角田は明かす。

「自ずと、という意味ではあるかもしれません。脳とか筋肉の記憶として、少しずつ刻まれるという点では、マイアミで実際に走る際に、何か違った感覚があるかもしれません」

また、当初予定していたセットアップ変更による評価も、ほとんど行えなかったという。

「セットアップの理解という点では、正直あまり進展はありませんでした。いろんなセットアップを試したかったのですが、時間が本当に限られていたので、やり切ることができませんでした。どちらかというと、エンジニア側が試したかったことを優先する形で終わってしまいました」

レッドブルRB19でハンガロリンクを周回するセルジオ・ペレス、2023年7月21日F1ハンガリーGP FP1Courtesy Of Red Bull Content Pool

レッドブルRB19でハンガロリンクを周回するセルジオ・ペレス、2023年7月21日F1ハンガリーGP FP1

感覚と実際の速さとの乖離―予想を裏切るRB21

RB21の最大の特徴は、性能を発揮できる作動領域(ウィンドウ)の極端な狭さにある。角田によれば、古巣レーシング・ブルズのマシンには「ある程度の寛容さがあり、多少の方向性の違いを許容してくれた」が、RB21は「性能を発揮できるウィンドウが、はるかに狭く鋭い」という。

レッドブルのエンジニアリングチームが設計するマシンは伝統的に、いずれも空力的に非常に高いポテンシャルを持つが、その突き詰めた設計故にウインドウが極端に狭く、限界領域での挙動に非線形性が生じることで、挙動を予測することが極めて難しい。

角田は、自身の感覚と実際の速さとが乖離する状況があるとして、ドライバーとしての直感的な理解だけに頼らず、時としてデータドリブンなアプローチへの転換が必要だと認める。

「たとえば、鈴鹿で何度か『これは良さそうだ』と思って試したセットアップがあったのですが、フィーリングは良くても、ラップタイムには全然反映されなかったんです」

「なので、たとえ酷いアンダーステアだったりオーバーステアが出ていたとしても、ラップタイムが良ければ、その方向性を続けるという、これまでとは違うアプローチを取る必要があるのかもしれません」

「正直、まだ”限界”がどこにあるのかを正確には掴めていません。たとえば、サウジアラビアでのQ3では、少し余計にプッシュしたら予想外に酷いスナップが出てしまいました」

この特性は、エースのマックス・フェルスタッペンでさえも時に苦しめるほど厄介だ。それでも彼が驚異的なパフォーマンスを発揮できるのは、マシンの挙動を直感的に予測し、その非線形応答に先回りして対応できるからだ。セルジオ・ペレスの調子が週末毎にバラついていたのも、この特性が一因だった。

パドックで写真撮影に応じる角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年5月1日(木) F1マイアミGPプレビュー(マイアミ・インターナショナル・オートドローム)Courtesy Of Red Bull Content Pool

パドックで写真撮影に応じる角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年5月1日(木) F1マイアミGPプレビュー(マイアミ・インターナショナル・オートドローム)

課題は予選Q3─“2%”のズレが破綻に

角田にとって、現時点での最大の課題は予選、とりわけQ3でのパフォーマンスだ。「正直、ここ数戦のQ3ではすべてをうまくまとめ切れていません」と語るように、100%プッシュするに至って初めて直面するクルマの挙動への対応力が問われている。

「これまでの予選では、ほぼ毎回クルマの新しい挙動に直面していて、それにうまく対応できないことがあります。このクルマが特別に難しいというわけではありませんが、どこが限界なのかを見極めるには、やはりもう少し時間が必要です」

予選では燃料が極端に軽くなり、車高や車体姿勢、前後バランスに変化が生じる。特にグラウンドエフェクトカーでは車高の変化が空力性能に直結するため、わずかな差が大きな影響を与える。

さらに、プッシュを強めることでタイヤの温度も上昇し、グリップ特性も変化。こうした要因が重なり、Q3では「クルマが対応できる限界をほんの2%でも超えてしまうと、これまで慣れていた反応とはまったく違う動きをする」という状況が生まれる。この僅か「2%」の感覚を掴むことこそが、角田の目下の課題だ。

とはいえ角田は、これは経験によって解決可能な問題だと考えている。「今のところ、そういった挙動を予測しきれていませんが、レッドブルでの経験を重ねることで、いずれ自然に身についてくると思っています」と語った。

クルマに限らぬレッドブルでの壁

角田の挑戦は、マシンとの戦いに留まらない。チーム文化、エンジニアとの意思疎通、作業の進め方など、“ソフト面”での適応も求められている。

「チームという点でも、まだ慣れている途中です。たとえば、僕のエンジニアはスコットランド出身なので、無線ではスコットランド訛りの英語と僕の日本語訛りの英語が混ざり合っていて、なかなか面白いんですが、そういう部分も含めて馴染むにはもう少し時間が必要ですね」と角田は語る。

一見ユーモラスに語られてはいるが、その裏には、F1における命綱とも言える、エンジニアとの正確かつ迅速な意思疎通という課題が存在する。

レッドブルは、ドライバーのフィードバックを重視したインクリメンタルな最適化を信条とするチームであり、これを結果に繋げるためには、正確なドライバーフィードバックと、エンジニア側の的確な解釈が不可欠だ。

マイアミでの新たな挑戦

課題は山積しているものの、前任のセルジオ・ペレスやリアム・ローソンと比べて、角田はピーキーなRB21を恐れず、限界に近い領域でマシンをコントロールしており、その点で決して前途多難というわけではない。

「週末の出発点(FP1)が、自分の理想とするレベルや、以前のチームにいた時よりも少し下回っているので、新しいサーキットでは特に、積み上げていくのに時間がかかってしまっています」と角田は語る。

「完全に慣れるには、まだもう少し時間が必要だと思っています。一方でこれまでのところ、自分の進歩には満足していますし、ある程度の自信もあります」

NFLミネソタ・バイキングス所属のフットボーラー、ジャスティン・ジェファーソンと話す角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年5月1日(木) F1マイアミGPプレビュー(マイアミ・インターナショナル・オートドローム)Courtesy Of Red Bull Content Pool

NFLミネソタ・バイキングス所属のフットボーラー、ジャスティン・ジェファーソンと話す角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年5月1日(木) F1マイアミGPプレビュー(マイアミ・インターナショナル・オートドローム)

今週末の次戦マイアミGPは、角田にとって新たな試練となる。マイアミ・インターナショナル・オートドロームは、高速ストレートとタイトな低速セクションが混在しており、セットアップ面での難しい妥協判断が求められるサーキットだ。加えて、プラクティスが1回60分のみのスプリント・フォーマットが採用される。

FP1からどれだけ効率的にマシンを仕上げ、スプリント予選で最大限のパフォーマンスを引き出せるか。そして、スプリントを経て、本予選に向けて如何にセットアップを最適化できるかが鍵となる。

一方で中長期的に見れば、こうした適応過程はすべて、レッドブルにとっては「投資」だ。RB21の特性を完全に理解し、その限界を把握できるようになれば、角田の持ち味である自然な速さと果敢なアプローチは大きな武器になるだろう。

「今はできるだけ多くを吸収しようとしている段階で、チームもその方向性で精力的にサポートしてくれていますし、兎に角、今は慣れが必要です」と角田は強調した。

シルバーストンでのテストでは、期待していたほどの成果は得られなかったかもしれない。だが、マクラーレンがクルマの競争力という点で明確に一歩リードする中、フェルスタッペンの5連覇達成に向けて、レッドブルは角田の助力を切実に必要としている。

チームとRB21に適応できるかどうか、そしてその適応の進捗は、単に角田個人のキャリアだけでなく、2025年シーズンにおけるレッドブルの命運をも左右する重要な要素になるだろう。

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