レーストラック上の熾烈な戦いが、ブランドのアイデンティティや消費者の嗜好にどのような影響を及ぼすのかについてはあまり公にされている情報がない。その意味でアストンマーチンの例は興味深い。

自動車メーカーがF1に参戦する目的は多岐に渡る。ブランドイメージの向上、技術開発の加速、市場での競争力強化などなど。その中にはもちろん、フェラーリを除けば”本業”の市販車販売への貢献もあることだろう。

F1ドライバーのランスを息子に持つカナダの大富豪、ローレンス・ストロールの強いリーダーシップの下、アストンマーチンは2021年、61年ぶりに4輪最高峰の舞台にカムバックした。

昨年はフェルナンド・アロンソが開幕バーレーンGPでアストンにとって初となる歴史的な表彰台を獲得。これは公式ウェブサイトに29%増のアクセスを呼び込んだ。2度のF1ワールドチャンピオンは最終的にシーズンを通して8回のポディウムに上がり、アストンはチーム史上最多の280ポイントを記録して初のコンストラクター選手権5位を手にした。

F1というグローバルな舞台における活躍は、ブランド史上初めて、”レーシング・グリーン”を最も人気ある色に押し上げた。この色を含むグリーン系統は、従来の人気色であるゼノングレーやマグネティックシルバーを凌ぎ、アストンの新車購入者の約24%が選択するまでに成長しており、中でもレーシング・グリーンは2番人気の2倍近い受注を記録している。

アストンマーチンとグリーンの関係は、各チームが各国のナショナルカラーの車両でレースを競い合った何十年も前のモータースポーツの黎明期にまで遡る。英国自動車メーカーにとっての「ブリティッシュ・レーシンググリーン」として知られたその色は、2021年の復帰以来、「レーシンググリーン」としてアストンのF1マシンを彩っている。

グリーンが選ばれる割合が増加した背景には消費者の嗜好の変化がある。

F1チームの活躍により”レーシング・グリーン”はただの色ではなく、速さ、精密さ、最先端テクノロジーの象徴となり、アストンは4色から9色へと緑色のバリエーションを拡大し、ビスポーク部門のQ by Aston Martinを通じて30種類ものユニークな緑色を顧客に提供するようになった。

F1での活躍は更に、ブランドのイメージを高め、新たな顧客層を引き寄せる原動力として機能している。

2021年に発売されたヴァンテージF1エディションの購入者の72%は新規顧客で、アストンにとっての最大のマーケットであり、現在、3つのグランプリレースが行われているアメリカでは、98%の顧客がF1への参戦によってクルマの魅力が高まったと回答した。

また市場調査は、F1に関心のあるラグジュアリーカー購入者の88%が、F1への参戦を理由にアストンを購入する可能性が高いことを示している。

F1チームの活躍は、レーシンググリーンの人気急上昇という形で市販車のカラー選択に大きな影響を与えただけでなく、ブランドのアイデンティティを強化し、新たな顧客層を引き寄せた。スピードとパフォーマンスの世界における成功は愛好家の心を捉え、市販車ビジネスにまでポジティブな影響を与える原動力となり得るのだ。