レッドブルRB19「トリプルDRS」の仕組み、合法性を疑う声まで上がる驚異的速度の秘密
F1サウジアラビアGPの話題の一つはレッドブルRB19のトップスピード、特にDRSを作動させた状態での圧倒的な速度で、合法性を疑う声まで上がる始末だった。どのようなトリックが隠されているのだろうか?
30km/h追加の爆速DRS
ジェッダ市街地コースでのレースでマックス・フェルスタッペン(レッドブル)が15番グリッドから2番手にまで巻き返すのに要したのは僅か25周だった。
ルイス・ハミルトン(メルセデス)はフェルスタッペンが自身を「手に負えないスピードで追い抜いていった」と振り返り、その並外れた速度を前にディフェンスする気も失せたと認めた。
これについてSky Sportsのレポーター、テッド・クラビッツは、ハミルトンが言わんとしているのはDRSを作動させた状態のRB19のスピードが前代未聞レベルに伸びた点だと指摘した。
単独走行の場合、DRSを作動させると一般的に15km/h程度の速度向上が見込める。前走車がいる状況でトウの恩恵があると20km/hほどに増加する。ただ、RB19は30km/hを超える飛躍を見せる。
レース中のスピードトラップでフェルスタッペンは、全20台の中で最速となる342.7km/hを記録した。DRSを作動させた状態での比較においてハミルトン駆るW14との速度差は16.6km/hに及んだ。
RB19のDRSについてクラビッツは、パドックの多くはその異様な優位性を不可思議に思っているだろうとして、このトピックは次戦オーストラリアGPで「技術的な陰謀」として大きな注目を集めるだろうと予想した。
これを受けて一部メディアやSNS上では、ライバルチームがRB19の合法性を疑問視しているとの些か尾ひれがついた憶測すら流れた。なおハミルトンは「疑問には思わない」と述べ、合法性に対する懸念を除外した。
リア全体をストールさせるトリプルDRS
RB19のDRSには”銀の弾丸”のような特別なトリックが施されているのだろうか? ジョーダンやジャガーでのF1テクニカルディレクター経験を持つゲイリー・アンダーソンはその可能性を否定する。
アンダーソンはThe Raceの記事の中で、単にDRSだけではなく、DRSの作動時にビームウィングとディフューザーを含めた車体後部全体を効果的にストールさせる事に成功しているためだと指摘し、これを「トリプルDRS」と呼んだ。
どういう事なのか。噛み砕いて説明してみたい。
「トリプルDRS」を構成する要素の中で肝となるのがビームウイングだ。
ビームウイングはリアウィングにより生成された気流を通してディフューザーの上部、つまりベンチュリートンネルの出口に負圧を作る。これによりディフューザーから排出される空気の流れを加速させ、アンダーフロアで生じるダウンフォースを高める。
RB19はこれら3つのエレメントが個々バラバラではなく、”三位一体”となって効果的に機能しており、それが故にDRSの効果が大きいというのがアンダーソンの見解だ。
DRSをオンにするとリアウィングのフラップが開口する。するとリアウィングからの気流を失ったビームウイングがストール、つまり表面を流れていた気流が剥離して効力を失う。するとディフューザーの性能も連鎖的に低下する。
DRSを起点として、3つのエレメントを含むリア全体がストールする事で、ドラッグ=空力抵抗が大幅に減少するというのがアンダーソンの言う「トリプルDRS」という概念だ。
RB19のDRSについてアンダーソンは「もし文句を言っているのであれば、ライバルたちはフロアと連動する、よりアグレッシブなビームウイングの採用を検討すべきだ。そうすればDRSが閉じている時には多くのダウンフォースを得ることができ、DRSが開いている時にはスピード的アドバンテージを得る事が可能になるかもしれない」と述べ、レッドブルの仕事を称賛した。
高い空力効率を支えるシーリング
トリプルDRS以前にRB19は元々、高い空力効率を誇っている。昨年のスパでのフェルスタッペンの大逆転劇が象徴的なように、これはRB19のベースとなった先代RB18から変わらぬ傾向だ。
ダウンフォースとドラッグは比例関係、トレードオフの関係にあるが、RB19はダウンフォースの増加に対するドラッグの増加量が競合よりも小さいと考えられている。
ダウンフォースは速度の2乗に比例する。例えば150km/hで発生するダウンフォースとドラッグは、300km/hになると理論的には4倍となる。
だが、空力の鬼才と称されるグリッド屈指の天才デザイナー、エイドリアン・ニューウェイが監督するレッドブルのグランドエフェクトカーは4倍に満たないだろうとアンダーソンは推測する。増加率を上手く抑え、コントロールしているというのだ。
これを可能たらしめている主な要因は、フロアエッジを利用したフロア・シーリング、エアカーテンにある。RB19はフロアの側面から逃げる気流を抑えてディフューザーのパフォーマンスを引き上げるという点でライバルに先行していると見なされている。
アンダーフロア由来のダウンフォースが多いという事は、車体上部の目に見えるエリアでダウンフォースを無理に追求しなくて良いという事を意味する。車体上部由来のダウンフォースはアンダーフロアのそれと比較してドラッグの増加量が大きい。
例えばレッドブルのリアウィングのエンドプレート部分は、他車よりも遥かに滑らかな曲線を描いており、ダウンフォースを追求するというよりはむしろ、ドラッグを抑えようとの意図が見える。
対照的にフェラーリやメルセデスはエンドプレートとウイングの交差面に角が立っている。これは抵抗の要因となる渦を発生させる形状であり、また、RB19とは異なりアッパーフラップ両端にスロットギャップ・セパレーターを設けられており、ダウンフォースを追求している事がうかがえる。
高い空力効率は、レッドブルの足回りが他車よりも柔らかいという特徴の説明としても機能する。速度が上がるにつれて空力的な負荷が増える、つまり地面に強く押し付けられるとなれば、その分だけサスペンションを固くしてクルマを支えなければならなくなる。
そうなるとフェラーリやメルセデスのようにバウンシングやポーパシングによってパフォーマンスを引き出し切れないという事態に直面する。
総合的視点での車体開発
アンダーソンの主張では、RB19の爆速DRSの秘密はある一つの秘密めいたトリックではなく、細部にまで詰めた空力の圧倒的統合力にあった。氏は個々のパーツが各々単独で機能するのではなく「全体として機能する」事が重要だと重ねて言及している。
これはクルマ全体を総合的に監督する、全方位的に優れたエンジニアの存在無くしては難しいように思われる。
ニューウェイは自らエンジンを組み上げ、サスペンションやシャシーなどのクルマの様々な技術的側面に携わってきただけでなく、レースエンジニアとしての経験も積んでいるため、マシンを俯瞰的、総合的、全体的に見る視点がずば抜けているのかもしれない。
その意味では、ジェームス・キーによる単独テクニカルディレクター制を廃止し、レッドブルとは真逆の3頭エンジニアリング制へと切り替えたマクラーレンの今後が気になるところだ。