
レッドブル・レーシング
チームデータ
| チーム名 | レッドブル・レーシング |
|---|---|
| 国籍 | オーストリア |
| 本拠地 | ミルトン・キーンズ / イギリス |
| 参戦初年度 | 1997年 |
| WEBサイト | www.redbullracing.com |
| SNS | x facebook instagram |
レッドブル・レーシング(正式名称:Oracle Red Bull Racing)は、英国ミルトンキーンズを本拠地とするレーシングコンストラクターで、2005年からF1世界選手権に参戦している。エナジー飲料メーカーであるレッドブルGmbHを親会社とし、21世紀のF1を代表するトップチームの一角を占めてきた。
レッドブルGmbHの共同創業者であり、チームの生みの親であるディートリッヒ・マテシッツ、その右腕として若手育成を主導したヘルムート・マルコ、当時史上最年少でチーム代表に就任したクリスチャン・ホーナー、そして歴代最高のF1デザイナーとも称されるエイドリアン・ニューウェイ。この4名の結束により、レッドブルは2010年代以降のF1で大きな勢力を築いた。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
優勝を喜ぶレッドブルのヘルムート・マルコ、エイドリアン・ニューウェイ、クリスチャン・ホーナー、2022年5月8日F1マイアミGPにて
2010年から2013年にかけては、セバスチャン・ベッテルとともに4年連続でコンストラクターズとドライバーズの両タイトルを制覇。2019年以降はホンダ製パワーユニット(PU)を搭載し、2021年から2024年にかけてはマックス・フェルスタッペンとともにドライバーズタイトル4連覇を達成した。
チーム代表兼CEOはローラン・メキーズが務める。2026年シーズンに向けてはフォードと提携し、初となる自社製F1パワーユニットの開発体制を構築。技術面、組織面の双方で独自性を強めている。
チームの成立と歴史
レッドブル・レーシングは2004年8月11日、飲料メーカーのレッドブルが当時のジャガー・レーシングを買収したことで誕生した。ジャガーの前身は1997年にF1へ参戦したスチュワートGPであり、その系譜は1990年代後半までさかのぼる。
2005年にF1参戦を開始。当初は中団チームとしての立ち上がりだったが、若手育成と技術陣への積極投資を進め、2009年の雨のイタリアGPでは、ベッテルがチームに初優勝をもたらした。
2010年にはブロウン・ディフューザーを採用した「RB6」が高い競争力を発揮。空力設計を軸とした開発が成功し、同年から4年連続でコンストラクターズ選手権とドライバーズ選手権を同時制覇する第一次黄金期を築いた。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
ナンバー1のジェスチャーでF1ワールドチャンピオン獲得を喜ぶセバスチャン・ベッテル(レッドブル)とバーニー・エクレストン、2012年11月25日F1ブラジルGPにて
2014年、V6ターボ・ハイブリッドPU導入により新時代へ移行すると、ルノー製PUの競争力と信頼性不足が露呈。2015年にはコンストラクターズ・ランキング4位にまで転落した。一方、次世代PUの研究開発に長期的投資を行ってきたメルセデスが台頭し、シルバーアローは2014年以降、コンストラクターズ選手権8連覇を達成。レッドブルはホンダとのワークス提携が実現するまで、厳しいシーズンを強いられた。
競争力不足の要因がルノー製PUにあると感じていたニューウェイは「やる気」を失い、開発の第一線から距離を置くようになったが、ホンダとの提携が決まったことで再び意欲を取り戻す。ホンダは2018年、マクラーレンとの関係を解消し、レッドブル・レーシングの姉妹チームであるトロ・ロッソと提携。信頼性と出力の両面で着実な進化を遂げた。
この進展を受け、レッドブルは2019年からホンダとの本格的なパートナーシップに踏み切る。後年、ニューウェイは「あの協業がすべてを変えた」と振り返っている。
こうして2007年に始まったルノーとの12年間の関係は、優勝59回、ポールポジション60回、ファステストラップ60回、計4277.5ポイント、そして4度の両タイトル獲得という実績を残し、2018年末で幕を下ろした。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
エイドリアン・ニューウェイ、ヘルムート・マルコ、山本雅史、クリスチャン・ホーナー、田辺豊治、2018年6月24日F1フランスGPを前に行われたレッドブル・レーシングとホンダのパートナシップ締結発表会見にて
ホンダとの提携3年目を迎えた2021年シーズン、フェルスタッペンはルイス・ハミルトン(当時メルセデス)との激闘を制し、F1史上屈指の劇的な展開の末に初のワールドチャンピオンを獲得した。レッドブルにとっては8年ぶりの王座復帰となった。
ハミルトンと同一ポイントで迎えた最終戦アブダビGP。フェルスタッペンはその最終周でハミルトンをオーバーテイクし、タイトルを掴み取った。この勝利は、当年限りでF1から撤退するホンダにとっても、最高の花道となった。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
F1アブダビGPでのポール・トゥ・ウインを以て自身初のF1ワールドチャンピオン獲得を決め、表彰台の上でオランダ国旗を掲げるマックス・フェルスタッペン、2021年12月12日ヤス・マリーナ・サーキットにて
ホンダは公式には撤退したものの、技術提携という名目でPU供給を2025年まで継続。2023年から2025年は「ホンダRBPT」としてコンストラクター名にも復帰した。グランドエフェクトカー規定が導入された2022年には両タイトルを獲得し、2013年以来となるコンストラクターズタイトルを手にした。
2023年はF1史上でも類を見ない支配的なシーズンを過ごした。「RB19」は22戦中、シンガポールGPを除く21戦で勝利を挙げ、1988年のマクラーレン・ホンダ(16戦15勝)を上回る歴代最高勝率(約95.45%)を記録。チームとしては12連勝、フェルスタッペンは10連勝というドライバーとして連勝記録も達成した。獲得した860ポイントは、2位メルセデスの2倍以上に達した。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
シーズンフィナーレの花火をバックに勝利のドーナツターンを決めるマックス・フェルスタッペン(レッドブル)、2023年11月26日F1アブダビGP
2024年はフェルスタッペンが4連覇を果たした一方、チームは混乱の年となった。開幕前にホーナーに関するセクハラ疑惑が浮上し、社内調査で潔白と判断されたものの、組織は動揺。5月には技術の要ニューウェイの離脱(アストンマーティンに移籍)、8月には競技統括とFIA折衝の要ジョナサン・ウィートリーのザウバー移籍が発表された。
これと歩調を合わせるように、シーズン中盤以降はマシンの競争力が急速に低下した。もっとも、ニューウェイはホンダとの提携が決定した2018年からF1業務に本格復帰していたが、2022年の「RB18」を最後に、再び第一線から距離を取り始めていた。代わってマクラーレンが台頭し、レッドブルは2024年のコンストラクターズ選手権で3位に転落した。
Courtesy Of Red Bull Content Pool
フリー走行に向けてガレージ入りする角田裕毅(レッドブル・レーシング)、2025年4月4日(金) F1日本GPフリー走行(鈴鹿サーキット)
翌2025年は、セルジオ・ペレスに代わってリアム・ローソンが昇格を果たしたものの、わずか2戦でレーシング・ブルズへ降格となった。第3戦日本GP以降は角田裕毅がフェルスタッペンのチームメイトを務めたが、クラッシュに伴うパーツ不足によるスペック遅れに加え、タイヤ内圧設定やピット作業のミスといったチーム側の過失も重なり、首脳陣の期待に応える結果を残すことはできなかった。
2025年7月9日、成績不振を受け、チーム創設時から代表兼CEOを務めてきたホーナーが電撃解雇され、レーシング・ブルズのチーム代表だったメキーズが後任に就任した。開発ではなく調整と最適化によってマシンの競争力が引き上げられ、フェルスタッペンは最終9戦で6勝を挙げる猛追を見せた。だが、わずか2点届かず、ランド・ノリス(マクラーレン)に敗れ、僅差で王座防衛を逃した。
主な戦績・実績(2025年終了時点)
- コンストラクターズ制覇:6回(2010~2013/2021/2023)
- ドライバーズ制覇:8回(2010~2013/2021~2024)
- 参戦:417戦
- 勝利数:130回
- ポールポジション:111回
- 表彰台:297回
- 最前列:207回
- 最速ラップ:102回
- リードラップ:8288周
- リタイヤ:136回
- ポイント:8288点
組織体制・運営構造
Courtesy Of Red Bull Content Pool
英国ミルトンキーンズにあるレッドブル・レーシングのファクトリー外観、2021年1月22日
英国イングランド中部のミルトンキーンズに拠点を置き、設計・製造・運営の大部分を集約している。同一グループ内には姉妹チームが存在し、ドライバー育成面での連携が図られている。
また、2021年末限りでのホンダ撤退を受け、2021年2月26日、ホンダF1のイギリス拠点であったHRD UKのスタッフの大部分を引き受け、パワーユニット部門として「レッドブル・パワートレインズ(RBPT)」を設立。メルセデスF1のPU部門であるメルセデスAMGハイパフォーマンス・パワートレインズ(HPP)から招聘したベン・ホジキンソンが同部門を統括している。
旧体制の終焉
Courtesy Of Red Bull Content Pool
レッドブル創業者のディートリッヒ・マテシッツ
レッドブル・レーシングは当初、ホーナーとマルコに権限が集中する集権的な意思決定構造を特徴としていた。だが実際には、CEOであるホーナー以上に、ホーナー以外で唯一の役員だったマルコの権限が強かった。事実上のチームオーナーであるマテシッツの右腕として、ホーナーの監視役を担っていたためだ。
2022年10月22日、膵臓がんによるマテシッツの死去は、長年維持されてきた意思決定構造そのものの断絶をもたらした。権限は分散され、経営判断にはレッドブルGmbHの経営層が関与する形へ移行。競技運営の現場だけで完結していた意思決定は、企業側の承認や調整を前提とするものへと変質していった。
マテシッツの死去後、特にホーナーとマルコの間でチーム内権力を巡る対立が顕在化。これに、マテシッツ死後にレッドブルGmbHの企業プロジェクト・新規投資部門CEOに就任したオリバー・ミンツラフや、マテシッツと並ぶ共同創業者であるタイのユーウィッタヤー家の意向が絡み、チーム内は緊張と政治的駆け引きに包まれた。
そして2025年7月9日、約20年にわたってチーム代表兼CEOを務めてきたホーナーが解任された。ホーナーの側近であった広報・SNS部門ディレクターのポール・スミスと、グループCMCO(最高マーケティング商業責任者)であるオリバー・ヒューズも解任された。具体的な理由は公式には示されていないが、内部の権力闘争と業績評価が重なった結果と見られる。さらに同年シーズン終了直後には、マルコの退任も発表された。形式上は辞任だが、事実上の更迭と受け止められている。
これにより、マテシッツ、ホーナー、マルコ、そしてニューウェイというレッドブル・レーシング黄金期を支えた主要人物はすべて表舞台から姿を消し、旧体制は完全な終焉を迎えた。