
妻に電話し「走りたくない」――F1王者ベッテルが明かす若手の事故死が変えた人生観と、引退後もなお続く“レース”
4度のF1王者セバスチャン・ベッテルが、アメリカの日刊紙『New York Times』に寄稿したコラムの中で、2019年F1第13戦ベルギーGPの週末、アントワーヌ・ユベールが命を落とした夜に妻のハンナさんへ電話をかけ、翌日のレースに出たくないと伝えていたことを明かした。
1995年にカートを始めたベッテルは、2007年のBMWザウバーでのデビューから2022年の引退まで、計16シーズンをF1で戦った。2010年から2013年にかけては、レッドブルと共に4年連続でドライバーズ選手権を制した。
そんな25年を超えるレース人生の中で、再びマシンに乗り込むことを本気でためらったのは、この一度だけだったという。ベッテルは眠れぬ夜を経て決勝への出走を決めたが、あの週末を境に、レースへの感じ方が変わったと振り返った。
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引退レースを終えたセバスチャン・ベッテル(アストンマーチン)、2022年11月20日F1アブダビGP
「命を奪いかねないマシン」こそが安息の場
このコラムは、「何が私たちを駆り立てるのか」という一つの問いに対し、様々な書き手たちが答える同紙の連載「The Big Ideas」の一編として掲載された。
コラムの冒頭でベッテルは、自身を「スピード狂ではないけど、高速で走ることが大好きな人間」と評した。
「狂っているように聞こえるかもしれないけど、自分の命を奪いかねないクルマのステアリングを握っている時こそが、僕にとっては安らぎの場だった。クルマに乗り込んだ瞬間、人生のあらゆる雑音が静まり返るんだ」
ベッテルにとっては、時速320kmを超える危険な環境下でのレースこそが、何よりも生を実感できる場所だった。
「極度のストレスにさらされているにもかかわらず、そこではすべてがゆっくりと流れていた。まるで自分という存在が消え、時間という存在を忘れられるような感覚だった」
ヘッペンハイムの少年期に芽生えた原点
レーシングドライバーとしての原点は、ドイツのヘッペンハイムで過ごした少年時代にある。クリスマスプレゼントにカートをもらったものの、自宅の裏庭は狭く、旋回できるようなスペースはなかった。
そこで父親はバケツの水を地面にまき、壁への衝突を避ける技術としてドリフトを教えたという。ベッテルはこう振り返る。
「僕はそこで、ドライビングがもたらす高揚感と、自分でクルマを操る感覚に夢中になっていった。自信と、自分の力で何かを成し遂げられるという感覚を与えてくれるものを見つけたんだ」
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2018年F1中国GPでポールを獲得し喜ぶフェラーリのセバスチャン・ベッテル
ベッテルにとってのレースの本質は、純粋な速さだけにあるわけではなかった。どこまでブレーキを遅らせる勇気を持てるか、次のコーナーをいかに速く抜けるか。試行錯誤を重ね、より速く走るためにさまざまなアプローチを試すレースという舞台は、彼の精神を解き放ち、成長を可能にする場であった。
普段は静かで広々とした環境を好む人間でありながら、灼熱の環境に置かれる騒がしくも狭いコックピットこそが、ベッテルにとっては最も心地よい居場所だった。タイトルが懸かった重要な一戦の前には、レースが始まるのが待ちきれないという思いと同時に、始まってほしくないとも感じたという。
マシンの故障や、攻めすぎたためにコントロールを失ってクラッシュすることも、人並みに経験した。事故は一瞬で起きるにもかかわらず、その瞬間には時間の流れが遅く感じられ、高速を追い求めることの代償を思い知らされたという。
それでも、ベッテルはレースをやめなかった。
悲劇のベルギー、出走をためらった唯一のレース
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2019年F1ベルギーGP決勝レース前には、グリッド上で故アンソニー・ユベールへの黙祷が行われた
そんなベッテルが唯一、マシンに乗ることを本気でためらったのが、あの悲劇的なベルギーGPの週末だった。土曜に行われたFIA-F2選手権のレースで、当時22歳だったフランス人ドライバー、アントワーヌ・ユベールが事故により帰らぬ人となった。
「僕自身も事故は経験してきたけど、幸い、どれも軽いものだった。他のドライバーがクラッシュするのも見てきた。でもあの若者には、人生のすべてが待っていた。それが、僕ら全員が見ている前で突然、終わってしまったんだ」
「妻のハンナに電話をして、事故翌日のレースに出たくないって伝えた。その夜はほとんど眠れなかった」
それでもベッテルは最終的に、レースに出ることを決めた。
この週末、ベッテルはフェラーリのチームメイト、シャルル・ルクレールと並んでフロントロウを独占した。翌日の決勝ではルクレールがF1初優勝を飾り、その勝利を亡友ユベールに捧げた。2番グリッドから臨んだベッテルは、4位でフィニッシュした。
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2019年FIA-F2選手権スパ・フランコルシャンで事故死したアントワーヌ・ユベール
あの週末を境に、レースや世の中に対するベッテルの見方は変わった。ただ、本人によれば、その変化を真に理解したのは引退後のことだったという。スピードを恐れたことは一度もなかったが、ユベールの死をきっかけに、それまでは単に「感じるだけ」だったスピードが、はっきりと「見える」ようになったという。
「僕は、それまで感じたことのない責任感を覚えるようになった。スピードも進歩も革新も、僕らを正しい方向へ進ませるものでなければ意味がないと、理解し始めたんだ」
農場暮らしの引退後「勝つべきレースは、まだ残っている」
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故ディートリッヒ・マテシッツへの追悼セレモニーでグリッドに並ぶセバスチャン・ベッテル(アストンマーティン)、2022年10月23日(日) F1アメリカGP決勝(サーキット・オブ・ジ・アメリカズ)
引退から3年半余りが過ぎた今、ベッテルは自身にとってのレースが何であったのかを問い直している。かつて安らぎの場と感じていたコックピットに、彼はもう一つの意味を見出した。
「振り返ると僕は、つらい状況と向き合うことを避けるためにレースを利用していたのかもしれない。レースは僕にとっての逃げ場だったんだ」
「誰にでも『消えてしまいたい、困難なことから逃げ出したい』と思う瞬間はある。でも結局のところ、そうすることはできない」
「つらい時には真正面から向き合わなきゃならない。そのためには、ペースを落として時間をかける必要がある」
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セバスチャン・ベッテル、2023年7月16日グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード
ベッテルは現在、小さな農場を営み、以前よりゆったりとした生活を送っている。今も高速で駆け抜けることは大好きだが、ストップウォッチと向き合うことはやめたという。
「人生における最大の喜びは、自分を『今この瞬間』に引き戻してくれる何かを見つけることなのだと学んだ。今の僕にとっての本当の仕事は、そのことを子どもたちに伝えることだ」
「子どもたちと過ごし、彼らが成長していく姿を見ていると、僕らに与えられた時間には限りがあるのだと強く意識させられる。F1ドライバーとしても、父親としても、僕は時間には勝てなかったし、これからも勝つことはできない」
「時間というものは、つかまえておくにはあまりにも速すぎる。それと競おうと競うまいと、時間はいつだって僕より速い」
引退後のベッテルは、結果よりも探求の過程を楽しんでいる。
「人生とは、大きな何かを次々に追い求めることではなく、自分の好奇心を信じることに意味があるのだと学んだ。追い求めることができる情熱やレースは一つだけじゃない。それに気付いた」
「自分自身を知るための旅には、どれだけ速く進もうが近道なんてありゃしない」
そしてベッテルは、コラムをこう締めくくった。
「最高のレースはどれか?と聞かれたら、『まだこれからだよ』と答えている。楽しみにしていることは山ほどある」
「まだ、勝つべきレースは残っている」
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人差し指を立てるお馴染みのポーズでポールポジション獲得を喜ぶセバスチャン・ベッテル(レッドブル)、2011年10月8日F1日本GP予選