レッドブル初のハイパーリンクRB17の発表会見でインタビューに応じるエイドリアン・ニューウェイ(チーフ・テクニカル・オフィサー)、2022年6月28日(火)英国ミルトンキーンズにて​​
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F1史上最強「RB19」の出生、ニューウェイの”虫の知らせ”と40年前に遡る駆け出しの経験

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F1史上最も支配的な競争力を記録したレッドブル・レーシングの2023年型F1マシン「RB19」の出生の裏には、最高技術責任者を務めるエイドリアン・ニューウェイの”虫の知らせ”と、40年以上も前の駆け出しの頃の経験があった。

シンガポールGPでのスクーデリア・フェラーリとカルロス・サインツの底意地によりシーズン全勝の望みこそ打ち砕かれたが、それでもRB19は全22戦で21勝、勝率95.5%という途方もない記録を打ち立てた。

パルクフェルメにクルマを止めた勝者マックス・フェルスタッペン(レッドブル)と2位ランド・ノリス(マクラーレン)、2023年11月5日(日) F1ブラジルGP決勝レース(インテルラゴス・サーキット)Courtesy Of Red Bull Content Pool

パルクフェルメにクルマを止めた勝者マックス・フェルスタッペン(レッドブル)と2位ランド・ノリス(マクラーレン)、2023年11月5日(日) F1ブラジルGP決勝レース(インテルラゴス・サーキット)

そんなRB19を紐解く上で欠かせないのは2022年の「RB18」だ。マックス・フェルスタッペンに3度目のタイトルをもたらした稀代のマシンは、この前季型の欠点を修正した改良型だった。

しかしながら、ニューウェイの”虫の知らせ”がなければ方向性そのものを切り替えるというシナリオもあった。2023年シーズンに先立ってレッドブルは、車体コンセプトの見直しを検討すべき事態に直面した。

V6ハイブリッド時代の絶対王者と称されたメルセデスは、2022年に導入された新たなグランドエフェクトカー規定に対して独創的なアプローチを採った。

一部で「ゼロポッド」とも呼ばれた異例のサイドポッドを持つW13は当初、激しいバウンシングに見舞われ競争力を欠いていたが、シーズンが進むにつれてパフォーマンスを向上させ、終盤のサンパウロGPで遂にジョージ・ラッセルが優勝を飾った。

2022年F1サンパウロGPで初優勝し、車両の上で勝利を噛み締めるメルセデスのジョージ・ラッセルCourtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.

2022年F1サンパウロGPで初優勝し、車両の上で勝利を噛み締めるメルセデスのジョージ・ラッセル

メルセデスの車体コンセプトについてニューウェイはF1公式サイトとのインタビューの中で、自分たちの「アカデミック」なRB18とは「ほとんど正反対」の方向性だったとしたうえで、インテルラゴスでの敗北により「何かを見落としている可能性を踏まえてメルセデスを研究し始めるか、それとも自分たちのやり方を貫くか」という選択を迫られたと明かした。

結果的にレッドブルはゼロポッドを追求しなかったが、それは徹底的な研究と分析に基づく合理的な判断によるもの、というわけではなかった。ゼロポッドを探求しなかった理由についてニューウェイは、自身の「直感」が理由だと明かした。

開発プロジェクトにおける判断において、論理ではなく直感に従う事は一般的なのだろうか? ニューウェイは「ある程度は必要だと思う」と説明する。

「現実問題としてコストキャップの導入以前からリソースや人材が限られていた。様々な道を無前に探求できる余地はない」

ニューウェイの直感は正しかった。メルセデスは今年5月のモナコGPでW14に大規模なアップグレードを投じてゼロポッドに終止符を打った。他方、RB19は数々の歴代記録を塗り替えダブルチャンピオンを獲得した。

2022年F1バルセロナテスト時とバーレーンテスト時のメルセデスW13のサイドポッド比較Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.

2022年F1バルセロナテスト時とバーレーンテスト時のメルセデスW13のサイドポッド比較

ニューウェイがゼロポッドに舵を切らず、RB18の方向性を追求した理由はもう一つある。

2021年のメルセデスとの激しいタイトル争いにリソースを投じた結果としてレッドブルは、その翌年のRB18のポテンシャル、特にエアロの可能性を追求し切るに至らなかった。

8年ぶりのタイトル争いを掴んだレッドブルは旧規定の最終年、翌年の新しいグランドエフェクトカーの開発と、既存のRB16Bの開発を天秤にかける必要性に迫られ後者を重視した。

その結果としてニューウェイ曰く、RB18は「おそらくほとんどのライバルよりも遥かに短い時間で考案」される事となった。

対照的に、選手権争いの蚊帳の外に置かれたフェラーリはシーズンの早い段階で翌年のマシン開発に舵を切った。また、メルセデスはフェラーリよりは遅かったものの、それでもレッドブルより早くリソースを切り替えた。

RB18についてニューウェイは「我々が何とかできたのは正しいアーキテクチャを採用する事」だけだったと振り返った。

ただ、このアーキテクチャこそが、ベンチュリー効果を最大限に利用し、クルマにダウンフォースを発生させるうえでの鍵だった。

「ルールを読み解き、シャシーやエンジン、ギアボックスといった固定された要素に対し、前輪や後輪をどこに置くかという点で、どのようなアーキテクチャーにすべきかを理解しようとすることが重要だった」とニューウェイは振り返る。

「私の場合はアーキテクチャを第一として、フロントおよびリアのサスペンションに焦点を当てた」

「ボディーワークを間違えたとしても、無理のない範囲でシーズン中に変更する事はできるが、基礎となるアーキテクチャに関してはそうはいかず、少なくとも1シーズンはそれを続けなければならない」

ノートを手にガレージ内を見守るレッドブルの最高技術責任者を務めるエイドリアン・ニューウェイ、2023年3月18日F1サウジアラビアGPCourtesy Of Red Bull Content Pool

ノートを手にガレージ内を見守るレッドブルの最高技術責任者を務めるエイドリアン・ニューウェイ、2023年3月18日F1サウジアラビアGP

前年のチャンピオンシップ争いにリソースを投じた事で、2022年シーズンの出だしは必ずしもレッドブル有利とは言えない状況だった。実際、開幕3戦ではフェラーリが2勝を飾った。

しかしながら「適切なアーキテクチャ」を採用した事でレッドブルは、フェラーリやメルセデスのように悪夢のバウンシングやポーパシングに対処する必要がなく、ライバルに対してシーズン中の開発という点で優位に立った。

「他のチームほど酷くはなかったが、それでも多少はバウンシングがあったため対策の必要はあった。とは言え、何をすべきかという点について我々はそれなりに理解していた」とニューウェイは振り返る。

「バーレーンでのレースに向けて最初のアップグレードを投じた事で、バウンシングの問題は他のチームよりも遥かに少なくなった。つまり、フェラーリやメルセデスのように、この問題の修正に多くの開発エネルギーを注ぐ必要がなくなったということだ」

F1界を代表する天才エンジニアが初めてポーパシング現象に直面したのは40年も前の事だった。

サウサンプトン大学を卒業後、ブラジルのコンストラクター、フィッティパルディでキャリアをスタートさせた当時を振り返ってニューウェイは「前輪が宙に浮いた状態でかなり激しく跳ねながら」ピットストレートを駆け抜けていくケケ・ロズベルグの姿を覚えていると振り返った。

「これはエアロ単体の問題ではなく、エアロとサスペンションの組み合わせの問題でもあるという事をかなり早い時期に学んだのだと思う」

「以前のステップド・ボトム・カーにも言えることだが、特に昨年から導入されたベンチュリーカーにとって重要なのは、空力だけでなくシャシーとの組み合わせだと思う」

「おそらく、私に少しばかりアドバンテージがあるのは、これが大きな鍵の一つだろう。私はフィッティパルディにいた時に、これを経験していたからね」

グリッド上で写真を撮るヘルムート・マルコ(レッドブルのチームコンサルタント)、エマーソン・フィッティパルディ、エイドリアン・ニューウェイ(チーフ・テクニカル・オフィサー)、2023年5月7日(日)F1マイアミGP(マイアミ・インターナショナル・オートドローム)Courtesy Of Red Bull Content Pool

グリッド上で写真を撮るヘルムート・マルコ(レッドブルのチームコンサルタント)、エマーソン・フィッティパルディ、エイドリアン・ニューウェイ(チーフ・テクニカル・オフィサー)、2023年5月7日(日)F1マイアミGP(マイアミ・インターナショナル・オートドローム)

ニューウェイは今月26日に65歳の誕生日を迎える。近い将来とは言わずとも、引退の時が近づいている事は本人も認めるとおりだが、40年の歳月を経て今もなお、この仕事が「とにかく大好きなんだ」と言い切るその発言からは、生涯現役を貫くのではと思わざるを得ない。

「もちろん状況は変化し、仕事のやり方も変わった。今はチームやエンジニア達と一緒に仕事をするのがますます楽しくなった。彼らが成長していく姿を見るのは本当にやりがいがある。最近は特に、それが楽しい」

「今は別のプロジェクト(レッドブル初のハイパーカーRB17)にも取り組んでいるし、もう少しばかり休暇を取るようにしている」

「物事は少しずつ変化しているが、F1であれ他の何かであれ、私にとっては脳をアクティブに保つための何かが必要だ」

妻アマンダ・スメルチャクと並んでマイアミ・インターナショナル・オートドロームのパドックを歩くエイドリアン・ニューウェイ(レッドブル最高技術責任者)、2022年5月7日(土)F1マイアミGPにてCourtesy Of Red Bull Content Pool

妻アマンダ・スメルチャクと並んでマイアミ・インターナショナル・オートドロームのパドックを歩くエイドリアン・ニューウェイ(レッドブル最高技術責任者)、2022年5月7日(土)F1マイアミGPにて