ロジャー・ペンスキー、IMS買収会見にて
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74年ぶり、IMSとインディカー売却劇…ペンスキーは「完璧な用務員」それとも?懸念される利益相反

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ハルマン・アンド・カンパニーは11月4日(月)、米インディカーシリーズ、映像制作会社のIMSプロダクションズ、そしてインディアナポリス・モーター・スピードウェイ(IMS)など、同社が所有するほぼ全ての主要資産をペンスキー・コーポレーションの子会社、ペンスキー・エンターテイメント社に売却する事を明らかにした。

IMSは月曜午前にインディカーに参戦するチーム側に文書を送付。売却の事実を告知すると共に、現地午前11時よりマーク・マイルズ社長兼最高経営責任者及びトニー・ジョージ会長、そしてロジャー・ペンスキーの3者による記者会見を行った。

取引は関係当局の承認などを経た後に完了する見通しで、来年1月上旬には全ての手続きが終わるものとみられている。ロジャー・ペンスキーは、民間企業による取引であるため、価格を開示する必要はないと主張。買収金額は公表されていない。

IMS、74年ぶりの所有者交代

インディ500カーブデイを迎えたインディアナポリス・モーター・スピードウェイ

世界3大レースの1つに数えられるインディアナポリス500マイルレース、通称インディ500の舞台であるIMSは、実業家のカール・G・フィッシャーによって1909年に設立された世界最古のサーキットの1つで、その後、第一次大戦の遊撃王として知られるエディ・リッケンバッカーに売却された。

IMSは第二次大戦下で永らく閉鎖され、施設や路面が荒廃。エディ・リッケンバッカーは買い手を探し、レーシングドライバーのウィルバー・ショーが仲介する形で、1945年11月14日、地元で会社を経営するトニー・ハルマンが買い取った。公表されていないが、売却価格は75万ドルと伝えられている。

ハルマン・アンド・カンパニー社は、1850年設立の卸売食料品事業を営む地元民間企業で、トニー・ハルマンは父の後を継ぐ形で30歳の時に事業を継承。ベーキングパウダーの全国販売で富を築いた。

新たなオーナーを得たIMSは、幾度もの改修を経ながらミュージアムなどの関連施設を増設。かつての名声を取り戻した。かの有名な”Gentlemen, start your engines!”の掛け声は、トニー・ハルマンによってもたらされ
た。トニー・ハルマンの死後、1989年に一人娘のマリーの長男、つまりトニー・ハルマンの孫のトニー・ジョージが経営を引き継いだ。

IMSの所有者が変わるのは74年ぶりとなる。

ペンスキーとは何者か?

左からマイク・マイルズ、ロジャー・ペンスキー、トニー・ジョージ、インディアナポリス・モーター・スピードウェイにて
© Indycar / 左からマーク・マイルズ、ロジャー・ペンスキー、トニー・ジョージ、インディアナポリス・モーター・スピードウェイにて

今年82歳を迎えた米国出身の実業家、ロジャー・ペンスキーは、1961年と1962年にF1世界選手権に参戦し、レーシングドライバーとしてのキャリアを終えると、チームオーナーとしてインディカー・シリーズとNASCARに参戦。アメリカンモータースポーツ屈指の強豪チームを作り上げた。

ロジャー・ペンスキーはインディ500で計18勝を誇る、歴史上最も成功したチームオーナーであり、2019年シーズンのNTTインディカーシリーズでは、チームペンスキー所属のジョセフ・ニューガーデンが2度目のチャンピオンに輝いた他、レース・ストラテジストとしても現役で活躍している。

その活動はモータースポーツに留まらない。レーシングチームの運営以外にカーディーラー事業やサプライチェーン管理および物流サービス、トラックレンタルサービス等を手掛け、グループ全体で64,000人以上の従業員を雇用し、売上収益は連結ベースで320億ドル、日本円にして3兆4800万円を超える。

ロジャー・ペンスキーとIMSの出会いは、父ジェイが勤務先の金属加工会社からチケットを2枚もらった1951年に遡る。ジェイはクルマ好きの14歳の息子をスピードウェイに連れて行き、以降ロジャー・ペンスキーはインディ500に夢中になった。

ペンスキー・コーポレーションは、1973年にミシガン・インターナショナル・スピードウェイを買収して以来、様々なモータースポーツ施設を管理・運営。ノースカロライナ州のシャーロット・モーター・スピードウェイやフロリダ州のホームステッド=マイアミ・スピードウェイへの投資の他に、クリーブランド・グランプリの運営や、ナザレス・スピードウエイ及びカリフォルニア・スピードウェイを経営してきた歴史を持つ。現在は、ベル・アイル・パークのストリート・サーキットで毎年開催されているデトロイト・グランプリの運営を行っている。

ロジャー・ペンスキーは今年2月に82歳となったが、その驚異的なバイタリティに衰えは見られず、先月には、ドナルド・トランプ米国大統領から大統領自由勲章を授与されている。

アプローチはハルマンから

アプローチはハルマン側からであった。合意までは6週間足らずだった。

トニー・ハルマンの娘マリーが昨年11月に他界。ハルマン家は新たな事業の担い手を探すべく、収益の柱であったベーキングパウダーを製造するクラバー・ガール社を、今年5月に8,000万ドル(約86億9,900万円)でB&Gフーズ社に売却した。今回の売却に関する会見は、マリー没後の1年と1日後に行われた。

ロジャー・ペンスキーとトニー・ジョージ
© Indycar / 会見を行うロジャー・ペンスキーとトニー・ジョージ

「家族で話し合った結果、ロジャー・ペンスキーと話し合いをする事で合意したんだ」とトニー・ジョージは語った。

「彼と会い、スチュワードシップについて話したいと申し出ただけで、彼は非常に真剣な表情を見せた。感情的に言えば辛いものがある。我々の誰もが愛しているものを手放すのだから。だが、ロジャー・ペンスキーの持つ資産によって、それは別のレベルに引き上げられるはずだ」

「少しホロ苦い。なにしろ、自分たちが知っている170年の歴史を持つ会社が終わりに向かっているのだから。でも我々は心の底から誇りに思っている」

ロジャー・ペンスキーは「スピードウェイとインディカーの歴史は非常に長く、大きな尊敬に値する。歴史と伝統を守り続けてきたハルマン家に敬服すると共に、これらの財産を次世代に引き継ぐためチャンスを与えてもらった事に感謝する」と語った。

懸念される利益相反

2019年のインディ500ウィナーのウィル・パワーとロジャー・ペンスキー
© Indycar / 2019年のインディ500を制したウィル・パワーとロジャー・ペンスキー

ロジャー・ペンスキーは米国モータースポーツ界で3つのレースチームを所有するだけでなく、北米最高峰のオープン・ホイールシリーズと、世界屈指の知名度と歴史を誇るレース場を所有する事になる。スポーツの公平性という観点において、好ましくない部分があるのは明らかだ。

ロジャー・ペンスキーは、今回の買収が新たな利益相反を生み出し得る事を認識しており、まずはインディカーシリーズに参戦するチーム・ペンスキーのレース・ストラテジストとしての役割を辞任する意向を示し、IMSを「インディアナのエンターテイメントの中心地」に変革する事に注力する、と強調した。

「誠実さというものについては理解しているつもりだ。私の仕事が何であるかは分かっている」とロジャー・ペンスキー。「利益相反が起こらないと信じてもらえるだけの信用が私自身にあることの祈りたい。多くの人々が私を見ているのは分かっている」

ロジャー・ペンスキーは、現時点では現行の経営陣の変更は予定していないと語ると共に、今後もハルマン家にIMSへの関与を申し出た事を明らかにしている。

チーム側の反応はどうか? 公の発言を拾うかぎりは前向きな反応が多く、マイケル・アンドレッティはシリーズ及びIMSにとって「ポジティブ」とコメント。佐藤琢磨の所属するレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの共同設立者、ボビー・レイホールは、新たなオーナーに就任したロジャー・ペンスキーを「完璧な用務員」と表現した。

買収によって何が変わるのか? ロジャー・ペンスキーは、IMSでのイベント増加の可能性を模索したいと述べ、ファンは反対しているものの、インディカーシリーズへのフル参戦チームに対して、インディ500決勝出場権を保証する新しいアイデアにも前向きな姿勢を示している。