
カマラが明かすF1昇格の舞台裏。父と決めたカーナンバー、小松代表からの吉報と家族の犠牲
2027年にハースからF1デビューを果たすラファエル・カマラは、カーナンバー「50」の使用を希望していると明かした。F1では2014年に固定制カーナンバーが導入されており、原則としてドライバーはキャリアを通じて同じ番号を使い続けることになる。
正式な確定には、国際自動車連盟(FIA)によるエントリーリストの発表を待つ必要があるが、第一希望の「5」はすでに使われているため、父親と相談して自身の誕生日にちなんだ番号を選んだという。
第一希望は「5」、父と相談して車番「50」に
エステバン・オコンの後任に決まった21歳のブラジル人ドライバーは、F1公式サイトとのインタビューで「50を使うことになると思う。第一希望は5だったけど、ガビ(ガブリエル・ボルトレート)が使っているからね」と語った。
「僕の誕生日は2005年5月5日なんだ。父と話したら、誕生日にも合っているし、50がいいんじゃないかと言ってくれた。だから来年はその番号を使うつもりだよ」
ハースのマシンには、これまでにも何度か「50」が掲げられてきた。リザーブドライバーの平川亮がフリー走行1回目(FP1)で使用したほか、現在のレギュラードライバーであるオリバー・ベアマンも、2024年に同チームから代役参戦した際にこの番号を使った。
各チームには連番のリザーブ用カーナンバーが割り当てられており、レギュラー以外のドライバーがセッションに参加する際、この番号が使用される。
小松代表からの電話に「本当に?」
カマラはポルトガルのアルガルベ・インターナショナル・サーキットで行われた旧型マシンテスト(TPC)に参加し、平川やジャック・ドゥーハン、マクラーレン育成傘下のレオナルド・フォルナローリらと来季のシートを争った。
最終的には小松礼雄代表に強い感銘を与えてシートを勝ち取ったが、本人にとっては、初めてのコース、マシン、チームに短期間で適応しながら実力を示さなければならないという、大きな重圧のかかる2日間だったという。
「ものすごく濃密な2日間だった」とカマラは振り返る。
「とにかく、あらゆることを学んで、それを走りにつなげようと頑張った。プレッシャーもものすごく大きかったから、集中しつつ楽しんで、その機会を最大限に生かそうとした。最終的には自分の仕事に満足できたと思うし、自分自身にも満足できた」
その後、ミラノに滞在していた際に小松代表から連絡があった。
「アヤオ(小松礼雄)から電話をもらって、最初に口から出たのが『本当に?』だった。もちろん、すごくうれしかったし、とにかく興奮したよ。両親も一緒に滞在していたから、直接伝えて抱き合うことができた」
両親の“犠牲”の下で掴んだシート
カーナンバーの選択に際して父に相談を持ちかけたカマラは、これまで自身を支えてきた両親への思いも口にした。モータースポーツの世界に縁がない家庭だったため、F1への情熱をどう形にすべきか、見当もつかない状態から歩んできたという。
「本当にうれしい。特に両親のことを思うとね。2人はたくさんの犠牲を払ってくれた。僕ら一家はモータースポーツの世界の人間じゃなかったんだ」
「ここまで来るために何をすればいいのか、最初は本当に何も分かっていなかった。だからこうしてF1にたどり着けたことを本当に誇らしく思ってる」