ラスベガス市街地コースのホスピタリティエリア、2023年11月15日(水) F1ラスベガスGP
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交錯するベクトル違いの罵倒と怒り、F1ラスベガス設備問題を巡る緊迫した異様なやり取り

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排水設備の破損によりマシンが破壊されたF1ラスベガスGPのフリー走行1。その直後に行われたチーム代表者会見は、異なるベクトルの罵倒と怒りが交錯し、異様かつ緊迫した空気に包まれた。

波乱で幕を開けた41年ぶりのグランプリ

ロングストレートを走行中のカルロス・サインツが送水バルブの蓋と衝突する事故に見舞われた事で、41年ぶりとなるラスベガスでのグランプリは赤旗により僅か8分35秒で打ち切られる波乱の幕開けとなった。

幸いにもサインツに怪我はなかった。だが一歩間違えれば人命に危害が及んだ可能性もある。時速300kmを超える速度での金属物との衝突はそれほどまでに危険だ。

問題箇所の修復作業と合わせて、コース上にある全ての送水バルブの総点検が行われた。2回目のセッション開始は2時間半遅れの現地深夜2時半に延期された。

これはフェラーリにとって不幸中の幸いだった。チームは当初、FP2の開始までにクルマを直すのは不可能だと考えていたが、修復に費やせる時間が増えた事でサインツは無事、2回目のセッションに参加した。

逆に観戦客にとっては辛い仕打ちとなった。法外とも言われる高額なチケットを買い、寒さの中で日付をまたいで6時間近くもセッションの開始を待ち続けていた全てのファンは、開始30分を前に観戦エリアから締め出された。

警備スタッフと話をしたという観客によると警備上の問題が背景にあったようだ。FP2の遅延により会場の警備スタッフの勤務時間が終わってしまい、雇い主が時間外賃金の支払いを拒んだためにセッション中の警備体制を確保できなかったという。

フェラーリによるとサインツは、モノコックとICE(内燃エンジン)、ES(バッテリー)、そしてCE(コントロール・エレクトロニクス)にダメージを負った。不可抗力を理由にペナルティなしでのESの交換を求めたが、免除規定がないとしてスチュワードは10グリッド降格ペナルティを科した

バスールが感じた恐怖と苛立ち

FP1が本来終了するはずだった時刻の30分後に行われたプレス・カンファレンスの中でフェラーリのフレデリック・バスール代表は、あからさまに苛立った様子で「受け入れられない」と主張した。

司会のトム・クラークソンがラスベガスGPの「全体像」に話題を切り替えようとすると、今回の一件以上に語るべき事はないと質問を退けた。

F1はこのイベントに5億ドル(約750億円)という莫大な資金をつぎ込み、総力を挙げて声高に喧伝してきた。ネガティブな声に対して通常以上に敏感になっていても不思議はない。

クラークソンは話題を変えようと再び別の質問を試みた。だがバスールは放送禁止用語を交え、笑いながら「今の私には関係のない話だ」と一蹴した。

「FP1は我々にとって本当に厳しいものだった。膨大な代償を支払うことになる。FP2で走る事はできないだろう。我々はシャシーだけでなくクルマの3分の2を交換しなければならない」

「ショーはショーとして上手くいっていると思うが、あれは今日のF1においては受け入れられないものだと思う」

隣に座っていたメルセデスのトト・ウォルフ代表から何かを語りかけられるとバスールは、怪訝な表情を浮かべて「トト。私と同じ立場に置かれたら君だって怒るだろう」と返した。

スクーデリア・フェラーリのフレデリック・バスール代表とメルセデスのトト・ウォルフ代表、2023年F1Courtesy Of Ferrari S.p.A. / Mercedes

スクーデリア・フェラーリのフレデリック・バスール代表とメルセデスのトト・ウォルフ代表、2023年F1

バスールからポジティブな発言を引き出せず苦悩する様子を見せていたクラークソンは次にシーズン全体について質問しようとした。

するとウォルフは、頑として別の質問に答えようとしないバスールの方に目をやり「彼の事は20年前から知っている。(クラークソンに対して)君は自ら自分を窮地に追い込んでいるだけだ」と口を挟んだ。

これを受けてバスールはクラークソンに対し「トトに質問してくれ」と述べ、自身への質問を切り上げさせた。

バスールはその後、ジャーナリストからの質問に応じて「ショーは驚異的だった。リバティがイベント周りでやってくれた事については大いに満足している。F1にとって非常に大きな前進だと思う。だが、だからといってスポーツの面で仕事をしなくていいというわけではない」とも語った。

初日に先立っては光やドローン、数々の世界的音楽スターによるパフォーマンス、そして花火を組み合わせた壮大豪華なオープニング・イベントが行われた。

バスールは「確かに私は苛立っている。それに恐怖を感じてもいる。カルロスが時速320キロで金属部品に衝突したのだから。もっと酷い状況だってあり得たんだ」と付け加え、合わせて賠償請求を検討する考えを明らかにした。

罵倒を以て擁護したウォルフ

バスールとは対照的にウォルフは、質問を投げかけたジャーナリストを罵倒するなど、ラスベガスGPの事実上の主催者でありF1の商業権を持つリバティ・メディアを徹底的に擁護した。

一連の問題はF1にとって「面汚し」なのではと問われるとウォルフは、「そんな事はない。何でもないことだ。FP1をやらなかっただけだ。排水口は密閉されるだろう。明日の朝にはもう誰もこの事ついて話したりしないはずだ」と返した。

目に見えて怒りをあらわにしたのはこの直後の事だった。

別のジャーナリストから、どうしてそう言い切れるのかと問いかけられるとウォルフは「完全に馬鹿馬鹿しい。全く以て話にならない!」と声を荒らげ、放送禁止用語を交えながらまくし立てた。

「あらゆる面で新たな基準を、新しいスタンダードを打ち立てたイベントに対して、どうして悪口が言えるんだ。あなたは排水溝のカバーの話をしているが、それは以前にも起きたことであって何でもない話だ」

「このグランプリを設立し、このスポーツをかつてないほどに成長させた人々に敬意を表すべきだ。あなたは誰かの良いところを話したり、褒めた記事を書いたりした事があるのか?」

「リバティは素晴らしい仕事をしてくれた。FP1で排水口の蓋が外れてしまったからといって不平を言うべきではない」

「クルマが壊れてしまったのは本当に残念だ。あれはカルロスにとって危険な事になりかねないものだった。このような事が二度と起こらぬよう、FIAとサーキット、そして我々が全員が、どうすべきなのかを分析しなければならない」

「だが、木曜の夜にここで話題にされているのは面汚しについてだ。どうせヨーロッパ時間の人々は誰も見たりはしない。いい加減にしてくれ!」

ラスベガスはF1自身が初めてレース運営を担うという前例のないグランプリであり、他の週末とは本質的に異なるイベントだ。

土地の購入を含めてF1は5億ドル以上を費やした。4階建てのピットビルは将来的に北米におけるF1の主要拠点として機能するよう設計・建設された。

リバティ・メディア体制のF1にとってラスベガスGPは、今後数十年を見越した一大プロジェクトであると同時に、旧体制との決別と新たな時代の到来を告げるイコンでもある。

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