元アストンF1代表が明かす「アキオのコガネムシ伝説」――公式予報を凌ぐタイヤ選択の秘密兵器

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最新鋭のテクノロジーを駆使するF1であっても、大自然の気まぐれを完璧に予測することは依然として不可能に近い。2026年F1第5戦カナダGPは、その事実が浮き彫りとなったレースだった。

スタート前、ピレリが各車のスタートタイヤのリストを配布した際、メルセデスのピットウォールは自らの目を疑った。全22台中、7台ものマシンがインターミディエイトタイヤを装着していたからだ。

マクラーレンはチーム主導でインターの装着を決断し、アウディとウィリアムズはドライバーに判断を委ね、後方グリッドのキャデラックは「失うものはない」とギャンブルに出た。

だが、結果的にインターを履いた7台はスタート直後にピットへ飛び込み、スリックタイヤに履き替えたことでチャンスを大きく損なうこととなった。

レース開始直後にメルセデス勢を交わしてトップに立つインターミディエイトタイヤのランド・ノリス(マクラーレン)、2026年5月24日(日)F1カナダGP決勝(ジル・ビルヌーブ・サーキット)Courtesy Of McLaren

レース開始直後にメルセデス勢を交わしてトップに立つインターミディエイトタイヤのランド・ノリス(マクラーレン)、2026年5月24日(日)F1カナダGP決勝(ジル・ビルヌーブ・サーキット)

マッチ箱の中の「秘密兵器」

気象レーダーやサーキット周辺の観測所から得られる膨大なデータをもってしても、F1チームはしばしば天候の罠にはまる。

カナダGPでのドタバタ劇を受け、かつてフォース・インディアやアストンマーティンでチーム代表を務めたオトマー・サフナウアーは、ポッドキャスト『High Performance Racing Podcast』で興味深い逸話を披露した。

アストンマーチンF1チームのオトマー・サフナウアー代表、2021年F1イタリアGPにてCourtesy Of Aston Martin Lagonda Limited

アストンマーチンF1チームのオトマー・サフナウアー代表、2021年F1イタリアGPにて

サフナウアーは番組の中で、長年苦楽を共にした日本人エンジニアである羽下晃生氏との思い出を振り返った。

羽下氏は1998年にジョーダン(現アストンマーティン)でF1キャリアをスタートさせ、最終的にはチーフデザイナーとして活躍したベテランエンジニアであり、サフナウアーは2009年に当時のフォース・インディアに加入。羽下氏とともに働いた。

サフナウアーは、フェリペ・マッサのレースエンジニアを務めたこと等で知られるロブ・スメドレーに「君がジョーダンにいた時、アキオ・ハガはいたか?」と問いかけ、スメドレーが「ああ、アキオね。いたよ」と応じると、真顔でこう続けた。

「アキオはいつも、古いマッチ箱の中に小さなコガネムシを入れて持ち歩いていた」

「もしその虫が仰向けになっていたら、雨が降るサイン。そうでなければ、ドライのままというわけだ」

スメドレーは笑いを堪えられずに左手で顔を覆い、「本当か?」「そんなの一度も見たことないぞ」と返したが、サフナウアーは真顔を崩さず「本当だ」と答えた。

オトマー・サフナウアーから天気予報を巡る羽下晃生氏の逸話を聞かされ爆笑するロブ・スメドレーcopyright High Performance Racing podcast

オトマー・サフナウアーから天気予報を巡る羽下晃生氏の逸話を聞かされ爆笑するロブ・スメドレー

当時、F1チームはフランスの気象局『メテオ・フランス(Météo-France)』から気象データの提供を受けていた。だがサフナウアーは、その予報の不確実さから、彼らを「チャンス(偶然)」にかけて「メテオ・チャンス(気まぐれな天気)」と皮肉交じりに呼ぶ。

「だから、当時はメテオ・チャンスの情報とアキオ・ハガの情報の2つがあって、それらを合わせて使っていたんだ」

どちらの予報がより正確だったのかとの問いに対し、サフナウアーは真剣な顔で「アキオのムシだ」と即答し、再び笑いを誘った。

ゲイリー・アンダーソンの「膝」

スメドレーもまた、天気予報にまつわるアナログなエピソードを披露した。

「ジョーダン時代に僕の上司だったゲイリー・アンダーソン[テクニカルディレクター]はいつもこう言っていたよ。『膝が硬くなってきたら、雨が降るぞ』ってね」

「それが右膝だったか、左膝だったのかは、もう思い出せないけど」

スーパーコンピューターが1秒間に数京回もの演算を行い、AIがリアルタイムでデータを解析する現代においてなお、古傷の痛み、あるいはマッチ箱の中の虫の直感が最終的なタイヤ選択に利用されているというのは、笑い話のようでいて、F1の本質を突いているのかもしれない。

どれほどデータが増えても、現場では最後に人間が判断する。そしてその判断は、時にレーダーよりも、経験や勘に近いものに支えられている。