危惧されるホンダF1最終年の王座…レッドブル 対抗新品エンジンは無力? 20馬力増のメルセデス
ルイス・ハミルトン(メルセデス)は予選で失格、決勝では5グリッド降格と、週末を通して逆風に晒されたが、これを物ともせずにF1サンパウロGPの決勝で大逆転優勝をやってのけ、世界選手権争いでライバルのマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)より多くのポイントを持ち帰った。まさに脱帽という評価が相応しい見事なパフォーマンスだった。
新品エンジンによるゲインは20馬力
競技レギュレーションに従ってグリッド降格ペナルティが科される事を承知で、メルセデスは週末に先立ってハミルトン駆る44号車に対し、年間の割り当て基数を超える今季5基目のICE(内燃エンジン)を開封した。
フレッシュなエンジンはただでさえ、高いパワーが期待できるが、メルセデスのトト・ウォルフ代表は自らのチームのV型6気筒について、走行距離が1,000kmを超えると数kWのパワーが失われる事を認めており、その値は過去数シーズンよりも大きいとしている。
一見不利とも思われるインテルラゴスでのエンジン交換は、シーズン終盤でのチャンピオンシップ逆転に向けた攻めの戦略の表れだった。
一体ハミルトンは、どの程度のゲインを得ていたのだろうか?
レッドブル・レーシングのモータースポーツ・アドバイザーを務めるヘルムート・マルコは、新品エンジンへの交換によってハミルトンが得た出力を15kW(約20.4馬力)だと推計している。
トップスピードがモノを言う第1・3セクター
第1・3セクターはストレートを擁するため低ドラッグが有利だが、長くツイスティな第2セクターでは高いダウンフォースが求められるという点で、サンパウロGPの舞台となったインテルラゴス・サーキットは2つの極端な特性を併せ持つ。
週末を通して最も暖かいコンディションの中で行われた決勝レースでは、第1・3セクターでハミルトンが最速タイムを記録し、うねる低中速コーナーが続く第2セクターでセルジオ・ペレス(レッドブル・ホンダ)が最も速いタイムを叩き出した。
ハミルトンが全体のトップに立った第1・3セクターは、トップスピードがモノを言うセクションだ。それは同区間でのトップスピード上位に食い込んだアルファロメオ勢が、区間タイムでも同じ様に上位につけた事にも表れている。両セクターのラップタイムの実に75%以上はフルスロットルでの走行となる。
例えば予選スピードトラップで2番目に速い328.7km/hを記録したアントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)はセクター3の区間タイムで総合5番手につけた。ただしこれはダウンフォース不足、車体の空気抵抗が少ない事からもたらされたもので、逆にセクター2の区間タイムでは16番手と遅く、1周トータルを競った予選では14番手に沈んでいる。
如何にトップスピードが高くとも、ダウンフォースが足らずセクター2で前走車についていけなければ実質的な最終コーナーであるターン12で背後につけず、その後に続くターン1までの約15秒間のエンジン全開走行でオーバーテイクを成功させる事は難しい。ジョビナッツィはスタートポジション変わらず14位でレースを終えた。
メルセデスは本当に直線区間での最高速で明らかなアドバンテージを持っていたのだろうか? 新品エンジンによるゲインは本当に存在するのか? 決勝レースより変数が少ない予選のデータを見てみよう。
予選スピードトラップ
以下はターン1の90m手前の地点で計測されるスピードトラップでの最高速ランキングだ。
Pos | Driver | Team | km/h |
---|---|---|---|
1 | ライコネン | アルファロメオ | 330.6 |
2 | ジョビナッツィ | アルファロメオ | 328.7 |
3 | アロンソ | アルピーヌ | 328.2 |
4 | ハミルトン | メルセデス | 327.5 |
5 | オコン | アルピーヌ | 324.4 |
6 | ラッセル | ウィリアムズ | 322.4 |
7 | ルクレール | フェラーリ | 322 |
8 | ボッタス | メルセデス | 322 |
9 | ノリス | マクラーレン | 322 |
10 | サインツ | フェラーリ | 322 |
11 | マゼピン | ハース | 321.2 |
12 | リカルド | マクラーレン | 320 |
13 | ラティフィ | ウィリアムズ | 319.6 |
14 | 角田裕毅 | アルファタウリ | 319.5 |
15 | シューマッハ | ハース | 319.3 |
16 | ペレス | レッドブル | 318.8 |
17 | フェルスタッペン | レッドブル | 318.3 |
18 | ストロール | アストンマーチン | 318 |
19 | ガスリー | アルファタウリ | 317.8 |
20 | ベッテル | アストンマーチン | 316.4 |
メルセデス勢のトップスピードは以下の通り。2台の間の速度差は5.5km、101.7%だ。これは全10チームの中で最大で、かつ飛び抜けて大きい数字だ。
- ハミルトン…4番手 / 327.5km/h
- ボッタス…8番手 / 322.0km/h
対して以下のように、レッドブル・ホンダ勢は速度差0.5km、100.1%と殆ど変わらない。ハミルトンとフェルスタッペンの速度差は9.2km/hに達していた。
- フェルスタッペン…17番手 / 318.3km/h
- ペレス…16番手 / 318.8km/h
なおレース中のスピードトラップではハミルトンが時速333.2kmを記録した一方、フェルスタッペンは時速318kmに留まった。速度差は15.2km/hに達した。ペレスは「別の惑星から来たようだった」と評した。
レッドブル・ホンダに打つ手はあるのか?
単にフレッシュエンジンだからと言う以上のゲインをハミルトンは持っていた。
通常であれば1基あたり7戦を消化できるように出力を抑えて使う必要があるが、ハミルトンの場合は4戦を凌げれば良い状況だ。ただ実際には、フリー走行で古い個体を使う事でターゲットマイレージを更に引き下げる事ができる。新品6気筒の投入によってメルセデスは極端にアグレッシブなエンジン運用が可能となった。
サンパウロでの71周を終えて、フェルスタッペンとハミルトンとのポイント差は21点から14点にまで縮まった。またコンストラクターズ選手権争いにおいては、メルセデスがレッドブル・ホンダとの点差を11点に拡大した。
中東地域で行われる今シーズンの最終3戦に向けてレッドブル・ホンダに打つ手はあるのだろうか? アブダビとサウジアラビアはメルセデスが優勢と考えられ、希望が持てるのは次戦カタールGPだ。
ヘルムート・マルコによると、レッドブルはパワーユニットサプライヤーのホンダに打開策を相談しているが、仮にメルセデスと同じ様に新しいエンジンを投入したとしても、期待できるパワーの向上はメルセデスのそれには及ばず、3~5kW(約4.1~6.8馬力)程度に過ぎないという。
自分達のパフォーマンス向上が厳しいのであれば、競合を貶める手段もあるだろう。
レッドブルは、W12のリアウイングのメインプレーンが時速260km以上の速度域になると空気抵抗を減らすように曲がっていくと考えており、これが規制に違反するものだと疑っている。
予選前に続き、決勝のスタートの1時間半前にもエイドリアン・ニューウェイとポール・モナハンがこの件でFIAのオフィスに足を運んでいた。
だがヘルムート・マルコは現時点で確たる証拠がないとして、サンパウロの週末での抗議は見送られた。またチーム代表を務めるクリスチャン・ホーナーは、まずはメルセデスの直線速度を生み出している要素を正確に理解する事が必要だとして、抗議するか否かを口にするのは時期尚早だと語った。
なおトト・ウォルフは自分達のリアウィングについて、仮に「100個のパーツ」に分解しても何の違法性も認められないと述べ、合法性に自信を示している。
ヘルムート・マルコは、今後もハミルトンが新エンジンによる優位性を維持することになれば、如何にリードがあるとしても自分達は不利な状況に置かれるとの見通しを示し、ホンダ最終年でのタイトル獲得を危惧している。
だが今シーズンのF1世界選手権は、ある時は一方に、また、ある時は他方に振れる振り子のような展開が続いている。少なくとも今季に限って言えば、このスポーツの刺激的なところは2人の間に何が起こるか予測できないところだと言える。