フェリペ・マッサ、求めるは「F1王座奪還」15年前のクラッシュゲートを巡る訴訟で”徹底抗戦”の構え

スクーデリア・フェラーリのルカ・ディ・モンテゼーモロ社長とF1ドライバーのフェリペ・マッサ、2008年11月9日にムジェロで行われたシーズン終了後の記者会見にてCourtesy Of Ferrari S.p.A.

2008年のクラッシュゲートを巡るF1および国際自動車連盟(FIA)に対する訴訟で求めるのは、当初予想された単なる金銭的賠償ではなく「公正性、つまりワールドチャンピオンシップを取り戻す事だ」とフェリペ・マッサが認めた。

訴訟の目的について、米「The Athletic」とのインタビューの中で42歳の元ブラジル人F1ドライバーは、15年前の悪名高きF1シンガポールGPでの「操作された」リザルトの撤回だと説明し、F1とFIAが「過去を振り返り、このスポーツと人々にとっての不公平を正す事を切に願う」と述べ、「最後まで彼らと戦うつもりだ」と徹底抗戦の構えを示した。

Courtesy Of Red Bull Content Pool

プラクティスに向けて準備するフェリペ・マッサ、2018年8月4日(土) ブラジル・ストックカーシリーズ第6戦(ゴイアニア、ブラジル)

この年のシンガポールGPでは、ルノー首脳陣の指示を受けネルソン・ピケJr.が故意にクラッシュするスキャンダルが発生した。事故当時、ポールシッターのマッサは首位を走行していたものの、セーフティーカー(SC)の導入を経てポイント圏外に終わり、最終ブラジルGPでポール・トゥ・ウインを飾るも、1点差でルイス・ハミルトンに破れた。

当時のF1を率いていたバーニー・エクレストンは今春、自身と当時のFIA会長マックス・モズレーは2008年中にクラッシュの真相を知りながらも、それを隠蔽していたと認め、これが同年のFIA授賞式前に公にされていた場合、チャンピオンはハミルトンではなく「マッサだっただろう」と回顧した。

スキャンダルの翌2009年、世界モータースポーツ評議会(WMSC)は一件を調査し、クラッシュが故意によるものだったと判断したが、ルノーに対する永年資格剥奪処分は2011年までの執行猶予付きで、事件を主導したとされる当時のルノーF1代表フラビオ・ブリアトーレと技術主任パット・シモンズの追放処分も最終的には2013年までに限定された。

この決定についてマッサは「誰も代償を支払っていない」「ふざけている」と憤りを隠さない。

事件の翌年にマッサはシンガポールGPのリザルト除外を求めてフェラーリの弁護士に相談したものの、FIA表彰式後のリザルト変更は認めないとする「誰が作ったのか分からない」「全く容認できない」ルールの存在により断念を余儀なくされた。

Courtesy Of Red Bull Content Pool

バーニー・エクレストン、2014年F1オーストラリアGPにて

15年を経てエクレストンの口から飛び出した「本当に衝撃的」な発言を受けマッサは、英国ロンドンの弁護士事務所「Enyo Law」を代理人として、今月15日にF1のステファノ・ドメニカリCEO及び、FIAのモハメド・ベン・スレイエム会長宛てに訴訟の意思を通告する書簡「Letter Before Claim」を送付した。

マッサによると両組織ともこの書簡を既に受け取った。14日以内に満足いく回答が得られない場合、マッサはイギリスの裁判所で法的手続きを開始するとしている。

今回の行動の背景にあるものについてマッサは「自分のためだけ」ではなく「ブラジルのモータースポーツ、そしてブラジルのドライバーの発展のため」でもあると述べ、「国にとってのタイトルがどれだけ重要であるかを僕らは知っている」と主張した。

ブラジルは3度のF1ワールドチャンピオン、アイルトン・セナを輩出した国だが、マッサが「タイトルを奪われた」事で1991年のセナを最後に、同国からチャンピオンは誕生しておらず、またマッサの現役引退以降、グリッドからはフルタイムのブラジル人F1ドライバーが姿を消した。

F1シンガポールGP特集

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