
ホンダPU問題で「神経損傷リスク」の深刻局面。アストン、F1開幕戦で25周制限へ
2026年シーズンの開幕戦オーストラリアGPを前に、アストンマーティン・ホンダがかつてない窮地に立たされている。パワーユニット(PU)から発生する激しい振動が、マシンの信頼性だけでなく、ドライバーの身体的健康をも脅かすという深刻な事態に発展しているという。
チームのマネージング・テクニカル・パートナー兼チーム代表を務めるエイドリアン・ニューウェイは、アルバート・パーク・サーキットで行われた会見で衝撃的な発言を口にした。PUの振動がステアリングを通じてドライバーの手指に伝わり、深刻な神経損傷を引き起こすリスクがあるというのだ。
「神経損傷のしきい値」が定めるレースの限界
ニューウェイによれば、この振動問題の発生源はパワーユニットにある。問題はもはや単なるマシントラブルの領域を超えており、ドライバーの身体が耐えられる限界が、そのままレースで走れる周回数を規定してしまっているのが現状だという。
イギリスの専門誌『Autosport』によると、ニューウェイは次のように説明した。
「フェルナンド(アロンソ)は、連続して25周以上走れば手に永久的な神経損傷を負うリスクがあると感じている。ランス(ストロール)の場合、そのしきい値は15周だ」
ストロールは2023年2月、自転車事故で両手首を骨折・負傷。さらに昨年のスペインGPでは、その手首の痛みが再発し、欠場を余儀なくされた経緯がある。
Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited
アルバート・パーク・サーキットのパドックを歩くフェルナンド・アロンソ(アストンマーティン・ホンダ)、2026年3月5日(木) F1オーストラリアGP
ホンダはプレシーズンテスト後に複数の対策を検討し、ダイナモ試験を経て最も効果的と判断した対策を開幕戦に向けて導入したという。ニューウェイは「バッテリーへ伝わる振動を大幅に減らすことに成功した」と語る。
だが、振動の発生源については根本的な原因の解明に至っていないようだ。PUから発生する振動はカーボン製シャシーへ伝わり、ミラーやテールライトが脱落するなどのトラブルも発生。チームは部品の補強など対策を進めているという。
こうした状況から、アストンマーティンはオーストラリアGPで両マシンが完走する可能性を高く見積もっていないとみられる。
チームは意図的に途中リタイアする計画を立てているわけではないと説明する。だがドライバーの安全や信頼性を考えれば、結果としてレース距離を走り切れない可能性がある。ニューウェイは「振動の発生源を突き止めて解決するまで、レースでの周回数を大きく制限せざるを得ない」と述べた。
「負のスパイラル」に陥ったホンダPUの現状
Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited
会見で話すHRC(株式会社ホンダ・レーシング)の渡辺康治社長、2026年3月5日(木) F1オーストラリアGP(アルバート・パーク・サーキット)
ホンダは一貫してPUの性能面について言及を避けている。プレシーズンテストでは信頼性の問題から走行計画が大きく乱れ、一度も全開走行を実施できておらず、他メーカーとの性能差を把握できていない。
「ホンダとしては、まだパワーユニットを最大回転数で走らせることができていません。性能について語るにはまだ早い段階です。まず状況を理解する必要があります」とHRC(株式会社ホンダ・レーシング)の渡辺康治社長は語る。
一方でプレシーズンの段階では、MGU-Kの性能不足の可能性が取り沙汰されるなど、電気系統面でのパフォーマンス不足の可能性に注目が集まった。だがニューウェイは、ホンダPUのパフォーマンス上の制約は実際にはICE(内燃エンジン)にある可能性を示唆した。
MGU-Kが総出力の約半分を担う2026年の新時代にあっても、ホンダ自身はV6エンジンの性能差が依然としてパフォーマンス上の重要な要素になると考えを示していた。ニューウェイはこう語る。
「このレギュレーションの問題の一つは、ICEの出力が不足すると、その不足分を電気エネルギーで補う必要があることだ。すると本当に電力が欲しいストレートで、バッテリーが空になってしまう。悪循環に陥る」
シャシーには「Q3進出」のポテンシャル
Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited
バーレーン・インターナショナル・サーキットを走行するランス・ストロールのアストンマーティン・ホンダAMR26、2026年2月13日(金) F1プレシーズンテスト3日目
アストンはバーレーンで行われた2回のテストの両方で最下位となり、最終的にトップから”約4秒遅れ”でプレシーズンを終えた。さらに全11チームの中で走行周回数も圧倒的に少なく、ライバルと比較して自車への理解も最適化も進んでいない。
さらにAMR26は重量超過と見られている。ニューウェイ自身もシャシー性能について現時点ではおそらく5番手程度との見方を示し、基準となるトップから「0.75〜1秒」ほど遅れていると認めた。裏を返せば、3秒強ほどはホンダ製PUによる遅れという計算になる。
ニューウェイによれば、チーム側の問題は昨年4月中旬まで風洞モデルが完成せず、開発開始が遅れたことにある。そこでシーズン中に変更しづらい部分を優先し、「構造的に健全なアーキテクチャパッケージ」を作ることに重点を置いたという。つまり今後は「非常に攻めた開発計画」の下、空力開発を進めていくことになる。
挽回への希望は決して消えていない。2026年のレギュレーションには「追加開発・アップグレード機会(ADUO)」と呼ばれる救済制度が存在する。これはあらかじめ設定された期間ごとに各メーカーのICE出力を測定し、性能差が認められたメーカーに対してアップデートを許可する仕組みだ。さらにテストベンチの使用時間やコスト上限面でも救済措置が設けられている。
ニューウェイは「ホンダには実績があり、我々は彼らを全面的に信頼している」と強調する。だが、その信頼を証明するための代償として、ドライバーたちは今、指先の感覚を賭けた過酷な25周に挑もうとしている。
Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited
握手を交わすHRC(株式会社ホンダ・レーシング)の渡辺康治社長とエイドリアン・ニューウェイ(アストンマーティン チーム代表)、2026年3月5日(木) F1オーストラリアGP(アルバート・パーク・サーキット)