サウジ中止で団結していたF1ドライバー、ボイコット再考に陰謀論まで…説明責任が求められるF1

2022年3月27日にジェッダ市街地コースで行われたF1サウジアラビアGP決勝レース1周目の空撮画像Courtesy Of Alfa Romeo Racing

イベントの安全性が脅かされる状況であったにも関わらず、予定通りに続行されたF1第2戦サウジアラビアが無事、3月27日(日)に閉幕した。だが2023年の3回目の開催を前に、F1に果たすべき説明責任がある事に変わりはない。

グランプリ初日を迎えた3月27日(金)、ジェッダ市街地コースから20km弱の場所に位置するサウジ・アラムコ社の石油貯蔵タンク2基がイエメンの親イラン武装組織フーシ派のミサイル攻撃により爆発炎上した事で、FP2以降のセッションの開催が疑問視された。

近郊の石油プラントが巨大な炎に包まれる中、F1と国際自動車連盟(FIA)は予定通りイベントを続行する方針を示し、F1ドライバー達はその是非を巡って深夜にまで渡る4時間半近くもの議論を続けた

Courtesy Of Alfa Romeo Racing

深夜に及ぶドライバーズミーティングを終えて帰路につくアルファロメオの周冠宇とバルテリ・ボッタス、2022年3月27日F1サウジアラビアGP

中止で意見がまとまっていたドライバー

現地当局から安全に関して保証を得たとして、最終的にGPDAはレース続行に同意する声明を出したが、長時間の話し合いはドライバーの大部分が開催続行に強い懸念を示していた事の表れだった。

実際、メルセデスのトト・ウォルフ代表は「ドライバー達は当初、かなり意見がまとまっていたが、オフィシャルと共に話をした後、我々はレースをすることが最善だと納得させることができた」と語っている。

ドライバー達は週末を通して、この件に関しての詳細な言及を避けた。

真っ向勝負での13年ぶりのQ1敗退を喫したルイス・ハミルトン(メルセデス)は予選後に「それについてコメントするためにここにいるわけじゃない」と質問を遮った。

バルテリ・ボッタス(アルファロメオ)は週末並びに来年以降もサウジアラビアでレースをしたいかと問われると「その質問には答えたくない」と返した。

またシャルル・ルクレール(フェラーリ)は会議の内容について「何を話し合ったのかについて、僕らは詳細に触れたくない」とした。ただ「レースを終えて全てが落ち着いてから議論すべき事である事は間違いない」とも付け加えた。

なぜ一転して開催続行に同意したのか?

F1のステファノ・ドメニカリCEOは、地元当局から安全性について「完全な保証」を得ていると述べ、イベントを続行するという決断の合理性を主張した。

サウジアラビア政府によると、軍の防空システムはイベント初日の段階からサーキットをターゲットに稼働していた。ただ、システムの監視対象範囲には制限があり、攻撃された石油タンクはそのカバー範囲に含まれていなかった。

如何に防空システムが稼働していると言えども、リスクがゼロになるわけではない。それはロシア・ウクライナ戦争を見ても明らかだ。ドライバーを含めてF1側は、当局からどのような「完全な保証」を得ていたのだろうか。

一つ考えられるのは、追加攻撃の余地を与えない事だった。実際、その予想は的中した。現地メディアによるとサウジアラビアによる連合軍は決勝当日の27日(日)、イエメンの首都サヌアにあるフーシ派の活動拠点に空爆を行った。7名が死亡したとみられている。

囁かれた陰謀論

開催続行を問題視していたと思われるドライバー達が意見を翻した件については、誰もが詳細を語ろうとしなかった事で、現地当局あるいはF1側からの圧力があったのではとの陰謀論めいた憶測まで囁かれる事となった。

BBS Sportは「かなりの数のドライバーがイベントの安全性に懸念を抱いていた」として「チームやドライバーがどれだけ簡単に出国できるかなど、レースが行われなかった場合に起こりうる結果」を含めた様々な情報が伝えられた後に、ドライバー達は続行に合意したと伝えた。ソーシャルメディアには圧力を疑う様々な意見が飛び交った。

仮にドライバー達がボイコットしたとしても、それで全てが片付くほど現実は単純ではない。マシンの解体を担当するメカニックを含めて、チームメンバーの大部分は荷物のパッケージングのために少なくとも24時間は国内に留まらなければならなかったはずで、出国便を急に確保する事も現実的には難しく、サーカスの全員がすぐに出国することできなかった事だろう。

トト・ウォルフは「われわれの側からは何の圧力もなかったし、良い話し合いができた」と述べ、ドライバーに対するチーム側からの圧力の存在を明確に否定した。

ボイコットを留まった事についてダニエル・リカルド(マクラーレン)は、自分達自身の事だけではなく、レースのキャンセルによって生じ得る様々な影響を考慮しての判断だったと説明した。

「詳細に踏み入るつもりはないけど、正直なところ、こうした決定に至ったのは、すべての行動にはそれに対する反応を伴うという観点から議論されたことなんだ」

「もちろん、自分達が取る行動によって利己的だと思われたくないという事情もあるけど、自己中心的になりすぎて、他の人に影響を与えるようなことはしたくなかった」

もう一つの強力な説得材料は、サウジ王室メンバーの会場入りだと見られる。ハースのギュンター・シュタイナー代表は「当局が自分たちの家族をここに連れてきて安全だと感じているなら、私も安心できる」と語った。

なお興味深い事にトト・ウォルフは、ミサイル攻撃の脅威がある中でレースを続行する事について問われると、西洋文化圏においてこうした事態は「許容できない」事だと認めつつも、サウジアラビアにおいては「平時」だと言わんばかりに「ここではこうした事が起きている」と答えた。

Courtesy Of Alfa Romeo Racing

王室メンバーを迎えて行われた2022年3月27日のF1サウジアラビアGPのレース前セレモニー

今はただ家に帰りたい、とハミルトン

ともあれ、懸念されていたような深刻な事態に至る事はなく、ジェッダ市街地コースでの50周のレースでは無事にチェッカーフラッグが振られた。だが、今回の決断とサウジアラビアでの今後のイベント開催に関してドライバーたちが口を開くのはこれからだ。

カルロス・サインツ(フェラーリ)は予選を終えて「この24時間に起きた件に関しては、将来に向けて議論し、考慮しなきゃならない事に疑いはない」と述べ、GPDAディレクターのジョージ・ラッセル(メルセデス)は「週末を終えて今後の事をハッキリさせなきゃならないのは確かだ」と語った。

滞在中のドライバー達は多くを語ろうとせず、彼らがどう感じ、どう考えていたのかは極めて曖昧だが、7度のF1ワールドチャンピオンの発言は全てを物語っているように思われる。

レース前にサウジアラビア国内における人権問題を批判していたハミルトンは「週末が終わって本当に嬉しい。誰もが無事だったし、出国するのが楽しみだ」と述べ、来年以降の開催について問われると「今はただ、家に帰りたい」と語った。

2023年以降の開催の是非

F1はウクライナへと軍事侵攻し、戦争を始めたロシアとのグランプリ開催契約を「一方的」に解除し、同国内における全てのF1放送・配信事業から撤退した。何故ロシアには行かず、サウジアラビアには行くのか?

小泉政権時代の2002年当時の内閣が示した見解で言えば、戦争とは「国家の間で国家の行為として行われるもの」であり、今回のサウジアラビア政府とフーシ派の争いは「国際紛争」に該当するが、2つの組織・団体の間で武力による戦闘行為が行われているという意味では大差はない。

戦時下にある地域・国においてグランプリを開催する事の是非のみならず、長年に渡って人権問題で根強い批判に晒されているという事実をどう判断すべきかという課題もある。

英国の人権団体Reprieveによるとグランプリ開催の2週間前、サウジアラビアでは81人の大量処刑が行われた。更にグランプリ初日の金曜にも6人に死刑が執行された。昨年12月の初開催の時でさえ、ドライバー達は同国の人権問題に対して懸念を示していた。

懸念事項が山積みであるにも関わらず、F1は来年以降も同国でイベントを開催する事に前向きだ。ステファノ・ドメニカリCEOは金曜、世界中から多くの視線が寄せられるF1を開催する事によって、サウジアラビアに良い影響をもたらす事ができるはずだと主張した。

「我々は盲目ではないが、一つ忘れてはならないのは、F1やこのスポーツを通じてこの国も大きな一歩を踏み出しているということだ。数年前まで女性が車を運転する事は許されていなかったが、今では女性がグリッドに立ち、歓声を上げ、多くの法律が改正されている」

「もちろん緊張感はあるし、改善すべき点もある。政治的なことは言いたくないが、この国の近代化において、我々は非常に重要な役割を果たしていると信じている」

Courtesy Of Alfa Romeo Racing

決勝レースに向けてグリッドで準備をすすめるマクラーレンとアルファロメオ、2022年3月27日F1サウジアラビアGP

深くまで侵食するサウジマネー

サウジアラビアマネーはF1の奥深くに浸透している。シリーズは同国と年間5,500万ドル、約66億4,170万円とも噂される15年に渡る長期契約を結んでいる。これはカレンダーの中でも飛び抜けて高額で、F1のオーナー、リバティ・メディアの懐を潤している。F1の売上高はそのまま、分配金という形でチームに還元される。

また、国営石油会社のサウジ・アラムコはF1のグローバルスポンサーというだけでなく、アストンマーチンの冠スポンサーでもあり、更にはマクラーレンもサウジアラビアの公共投資基金(PIF)から多額の資金を得ている。

毎年サウジアラビア政府から多額のレース開催費を得ている以上、利他的なメッセージは理解できないとの強い反論は当然、なされて然るべきだろう。

Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited

2021年F1サウジアラビアGPのタイトルスポンサーを務めた石油企業アラムコのロゴが目を引くジェッダ市街地コースを走行するアストンマーチン「AMR21」

サウジアラビアはスポーツウォッシング、すなわち世界的に高い人気を誇るスポーツを利用して問題を覆い隠そうとしたり、イメージを向上させようとしているとの批判を浴び続けてきた。

レースそのものはマックス・フェルスタッペンとルクレールによる一進一退の激闘が繰り広げられるこれ以上ない程にエキサイティングなものとなったが、一連の出来事に対する決断の背景・理由、そして将来の計画について、F1が説明責任を負うべき立場にある事に変わりはない。

F1サウジアラビアGP特集

この記事をシェアする

関連記事

モバイルバージョンを終了