「アストンマーティン」は誰のものなのか? IP移転を巡る“訴訟警告問題”に見るF1チームとの複雑な関係

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「Aston Martin」というブランドが大きく揺れ動いている。英国の高級車メーカー、アストンマーティン・ラゴンダ・グローバル・ホールディングス(AML)が、経営難を背景とした資金調達の一環として、そのブランド・ライセンスの半分を第三者に移転しようとしているためだ。

自動車関連以外の分野における「Aston Martin」の名称やロゴの知的財産(IP)は今後、リーボックやチャンピオンなど、世界的に知られる数々のIPを所有・管理する米国のオーセンティック・ブランズ・グループの手に渡る可能性がある。

AMLが7月に実施した5億5000万ポンド(約1180億円)の資金調達を巡り、AMLに13億ポンドを貸し付けている債権者グループが法的措置を警告する事態となった。報道によれば、新たな貸し手を優先する形で資産が担保に入ったことに、一部の社債保有者が反発した。

この問題の影響は、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールを擁するアストンマーティン・ホンダに及ぶだろうか。両社は同じアストンマーティンの名を掲げ、ローレンス・ストロールが双方に深く関与している。

だが、両社の現在の関係はそれほど単純ではない。AMLとF1チームは別の企業体であり、現時点で直接的な資本関係は存在しない。一方で、スポンサー契約やネーミングライツを通じた資金の流れは残っており、AMLの財務状況がF1チームに一切影響しないと断定できる関係でもない。

AMLとF1チームの資本関係と、ストロールの立ち位置

2023年型F1マシン「AMR23」のノーズにプリントされたアストンマーチンのロゴ、2023年3月3日F1バーレーンGPフリー走行Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited

2023年型F1マシン「AMR23」のノーズにプリントされたアストンマーチンのロゴ、2023年3月3日F1バーレーンGPフリー走行

ロードカー事業を営むAMLと、アストンマーティンF1チームを所有・運営するAMR GPホールディングスは法的に別の企業体だ。AML自身も2026年上半期決算で、AMR GPホールディングスの法的構造は自社グループとは別であり、支配力も重要な影響力も持たないと主張している。

AMLはかつてAMR GPホールディングスの少数株式を保有していたが、2025年にその大部分を売却。残った210万ポンド相当の持分についても、2026年1月16日に売却手続きを完了し、6月末時点の株式投資残高もゼロとなっている。

それでも両社の中心には、カナダ人大富豪のストロールがいる。AMLについては、ストロールが率いるYew Tree Consortiumが2月19日時点で32.65%を保有する大株主となっている。一方、AMR GPについては、ストロールが議決権の過半数を間接的に支配している。

つまりAMLは現在、アストンマーティンF1チームの親会社ではなく、直接的な資本関係も存在しない。それでもストロールはAMLの大株主であり、F1チームの実質的なオーナーでもあるため、経営上の接点までが消えたわけではない。

5.5億ポンド融資、社債保有者との対立

AMLは7月22日、資産運用大手ブラックロック傘下のHPSインベストメント・パートナーズが主導する5億5000万ポンドの新たな融資を実行した。これは、4億5000万ポンドの担保付き融資に、必要に応じて後から引き出せる1億ポンドの融資枠を組み合わせたものだ。

問題視されているのは借入額そのものではなく、資金を得るためにどの資産を誰に差し出したかという点だ。

AMLは、新設した子会社に資産の一部を移転し、これを新たな融資の担保にしたと説明しているが、具体的な中身は公表していない。だが複数の報道によれば、この取引はAMLが保有する自動車分野以外の知的財産の50.1%、つまり過半を、米ブランド管理会社オーセンティック・ブランズへ移すことを条件としているとされる。

既存のAML社債保有者にとって、担保は会社が返済できなくなった際の回収原資となる。その一部が実質的に、新たな貸し手であるHPSインベストメント・パートナーズを優先する形となれば、経営が行き詰まった場合に自分たちに残る資産が少なくなり、額面どおりの返済を受けられないリスクが高まる。

市場も警戒を強めた。LSEGのデータによれば、2029年償還のAML社債は6月に額面の82%程度だったが、今回の取引後には60%を下回った。額面とは、満期に払い戻される元本のことで、それを大きく割り込む価格は、市場が償還への不安を織り込み始めた兆候と読める。

既存のAML社債保有者側は、新たな融資が既存の社債契約に反している可能性があるとして、アストンマーティンを提訴すると警告したと報じられている。

借入を迫ったAMLの厳しい財務状況と改善兆候

アストンマーティン初のミッドエンジンPHEVスーパーカー「ヴァルハラ」とフェルナンド・アロンソ、2025年5月23日F1モナコGP(モンテカルロ市街地コース)Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited

アストンマーティン初のミッドエンジンPHEVスーパーカー「ヴァルハラ」とフェルナンド・アロンソ、2025年5月23日F1モナコGP(モンテカルロ市街地コース)

そもそも、AMLはなぜ今回の大型借入に踏み切ったのか。その背景には、改善の兆しと依然として重い負債が併存する財務状況がある。

2026年上半期(1〜6月)決算では、明るい兆候も確認された。売上高は前年同期比38%増の6億2900万ポンド(約1338億円)で、プラグインハイブリッドのスーパーカー、ヴァルハラの納車が220台を超えたことが牽引した。卸売台数は21%増の2331台、粗利率は前年の28%から34%へ改善した。本業の稼ぐ力を示す調整後EBITDAは、前年のマイナス300万ポンドからプラス6300万ポンドへと黒字転換している。

もっとも、依然として赤字と重い負債は残る。減価償却などを差し引いた調整後EBIT(利払い・税引き前利益)は、1億900万ポンドの損失だった。前年の1億2200万ポンドの損失から10%改善したとはいえ、黒字には届いていない。

事業活動で手元に残る現金を示すフリーキャッシュフローは、上半期でマイナス1億9800万ポンドと、前年のマイナス3億2100万ポンドから改善した。それでも、借入から手元資金を差し引いた実質的な借金である純有利子負債は、15億ポンド(約3193億円)へと増加した。

AML財務の影響は? なおF1チームに流れる資金

厳しい財務状況を背景に、ブランド名という知的財産を活用した資金調達が行われたのは、これが初めてではない。

AMLは今年2月、自社のブランド名称およびロゴの「永久的独占使用権」を、同社の名を掲げるF1チームの運営母体、AMR GPホールディングスに5000万ポンド(約106億円)で売却すると発表した。

少なくとも2055年まで続くとされるこの契約でAMR GPホールディングスに与えられたのは、F1用途に限定した恒久的かつ独占的な名称使用ライセンスなどだ。少なくとも本契約上は、AMLの財務状況が直ちにF1チームへ影響を与えることはない。

一方、F1チームに対するAMLの資金の流れは続いている。AMLは2026年上半期、AMR GPとのスポンサー契約に伴うマーケティング費用として1920万ポンド(約41億円)を計上した。スポンサー契約はたびたび延長されており、現時点では2045年まで続く予定となっている。

グリッドでチームスタッフと話すローレンス・ストロール(アストンマーティン・ホンダF1チームオーナー)、2026年7月19日(日) F1ベルギーGP決勝(スパ・フランコルシャン)Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited

グリッドでチームスタッフと話すローレンス・ストロール(アストンマーティン・ホンダF1チームオーナー)、2026年7月19日(日) F1ベルギーGP決勝(スパ・フランコルシャン)

今回の5億5000万ポンドの融資問題は、直接的にアストンマーティンF1チームに影響するものではないが、この種の問題において両社を完全に切り離して考えることは難しい。

AMLは現在もスポンサーとしてAMR GPに資金を提供しており、両社は同じブランド名を冠している。財務状況がさらに悪化し、スポンサー支出やブランド戦略の見直しを迫られれば、F1チーム側にも間接的な影響が生じる余地は残る。

実際、AMLは資金余力を確保する過程でF1チームの持分を売却し、続いてF1での名称使用権を5000万ポンドで現金化しており、財務再建に向けた取り組みがF1チームに波及してきた事実は存在する。

アストンマーティンF1チームとAMLの関係を見る際には、二つを同じ会社として扱うことも、完全に無関係な存在として切り離すことも適切ではない。今回の債権者との対立はAML側で起きた出来事だが、その先にはストロール、スポンサー資金、そしてアストンマーティンというブランドを介して、F1チームにつながる線が存在している。