
”2cmフライング”の意外な真相「原因はアントネッリにあらず」――痛恨ペナもベガス表彰台、その裏に秀逸走法と的確な戦略
劇的な挽回劇で3位表彰台を獲得した2025年F1第22戦ラスベガスGP。このレースでアンドレア・キミ・アントネッリが科された5秒ペナルティについて、メルセデスは「ドライバーの過失ではなかった」と擁護した。
スチュワードは、スタート直前にアントネッリのクルマがわずかに前進したとしてペナルティを科した。だが、メルセデスのエンジニアリング・ディレクターであるアンドリュー・ショブリンは、この動きはアントネッリの過失によるものではないと説明する。
メルセデスのデータによると、その動きはわずか2cm。しかも、それはクラッチを繋いだことによる前進ではなく、スタート手順におけるブレーキリリースのタイミングで生じた予期せぬ現象だったという。
切れていたクラッチ「かなり珍しいケース」
Courtesy Of Pirelli & C. S.p.A.
ジル・ビルヌーブ・サーキットのメインストレートに設置されたスタートシグナルと路面に描かれた”Salut Gilles”のペイント、2025年6月12日F1カナダGP
F1のスタートで使われるライトパネルには左から順に、1秒ライトから5秒ライトまでの5つが並んでいる。全車がグリッドに着くと一番右側の5秒ライトから順に、4秒ライト、3秒ライト…と点灯していく。5つ全てのライトが点灯し、これが消灯、いわゆるブラックアウトになるとスタートとなる。2つ目のライト点灯時までは動いてもOKだが、それ以降はジャンプスタート違反と判断される。
「”ジャンプスタート”と聞くと多くの人は、消灯前にクラッチを離してライバルより先に飛び出す行為を思い浮かべるだろうが、今回はそれとは全く異なる、かなり珍しいケースだった」
ショブリンはチームが公開した動画の中でそう語り、次のように続けた。
「映像を見ると、シグナル消灯前にクルマが2cmほど、ごくゆっくりと前に動いたことが分かる。だが、キミ(アントネッリ)はクラッチを繋いではおらず、実際には完全に切った状態だった」
一般的にジャンプスタートは、クラッチに関連するミスで発生する傾向がある。だが今回は、クラッチが切れた状態でクルマが動いた。なぜそのようなことが起きたのか。
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
ラスベガス市街地コースを周回するアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2025年11月22日(土) F1ラスベガスGP決勝
ブレーキ解除が引き金の「不運なペナルティ」
原因は、スタート手順におけるブレーキ解除のタイミングで発生した何らかの要因にあったとショブリンは分析する。
「クルマが動き出したのはおそらく、彼がブレーキから足を離した瞬間だった。スタートに向けた準備として、シグナル消灯の1秒ほど前にブレーキから足を離すんだ」
スタート直前のクルマには複数の力が作用している。エンジンの振動、駆動系に残存するわずかなトルク、あるいはサスペンションの微細な動き。それでも通常、クルマは静止したままだ。だが、何らかの条件が重なると、わずかな前進が生じる可能性がある。
ショブリンは、「それがクルマの振動なのか、あるいは駆動系に何らかのトルクがかかっていたのかは定かでないが、少なくともクラッチ操作が原因で前に進んだわけではないことは確かだ」とした上で、アントネッリはスタート手順を正確に実行していたと指摘した。
「彼にとっては不運なペナルティだった。彼は我々が求める手順をきちんとこなしていた。とは言え、二度と同じことが起きないよう、対策を講じる必要がある」
メルセデスは1週間後に控える次戦カタールGPに向け、スタート手順の見直しを行う。わずか2cmの動きが5秒ペナルティという重い代償を招いた今回の経験は、チームにとって貴重な教訓となる。
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
決勝前のピットレーンでフェラーリのフレデリック・バスール代表と話すアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス)、2025年11月22日(土) F1ラスベガスGP(ラスベガス市街地コース)
挽回劇の裏側:秀逸な走りと戦略
17番グリッドからのスタートに加え、5秒ペナルティまで背負ったアントネッリだが、そこからの挽回は見事だった。バーチャルセーフティカー(VSC)導入を機に2周目にハードタイヤへと交換し、48周を走り切る1ストップ戦略で3位表彰台を獲得したのだ。
ショブリンによれば、VSCの導入にかかわらず、チームは当初から早期のピットインを計画していたという。
「かなり早い段階でピットに入れることを決めていた。1周目であれ3周目であれ、数周以内に入れるつもりだった。他車にカバーされる前にハードへ替えたかったからだ。10~15周目といった常識的なタイミングまで待っていると、他車に反応されてトラフィックに引っかかってしまう」
戦略の鍵は、いかにして彼にクリーンエアを与えるかだった。
「そのためには誰も動かない早いタイミングでストップするのが最善だった。早めに入ると決めていた以上、ソフトでスタートするのが理にかなっていた。もっとも発熱させやすく、スタートでグリップを得やすい。ポジションを稼ぐというより、ソフトの方が安全だという判断だ」
ショブリンは、アントネッリのタイヤマネジメント能力を「素晴らしい」と称賛する。
「本当に上手くドライブしてくれた。彼はタイヤがどこまで耐えられるかを掴んでいた。フロントは厳しい状況だったが、リアは良好で、スロットル操作を使ってクルマの向きを変えることでフロントの負担を減らしていた」
レース終盤、アントネッリは後方から猛追するオスカー・ピアストリ(マクラーレン)やシャルル・ルクレール(フェラーリ)を退ける走りを見せた。ショブリンは「キミは見事に守り切ってみせた」と締め括った。
5秒ペナルティという予期せぬハンディキャップを、冷静なタイヤマネジメントと力強いペースで跳ね返し、17番手から3位へと駆け上がった19歳のアントネッリ。メルセデスが彼に寄せる未来への期待が、決して見当外れではないことを証明した。
残り2戦、カタールとアブダビでのさらなる成長が期待される。