自ら設計したF1マシンを 自らの手でドライブするチャンスに恵まれた男の話~アルド・コスタ、イモラを走る
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世界最高峰のレーシングカー「F1」。たった20人のトップドライバーのみにステアリングを握る事が許される選ばれし者の世界。1950年に世界選手権が開催されて68年もの歴史を持つものの、これまでにレースに出走したのは僅かに800人しかいない。
F1マシンのコックピットに座り、1000馬力・時速360kmにも達するその暴力的な走りを体験できるのはごく僅かな者に与えられる特権だが、イタリア人エンジニアのアルド・コスタは、自ら設計・開発したマシンを自らの手でドライブするという奇遇のチャンスを手に入れた。
人生の大部分をF1マシンの開発に捧げてきたメルセデスのエンジニアリングディレクターを務めるアルド・コスタ。F1界きっての著名なエンジニアは、今シーズンを以て30年間に渡るF1でのキャリアに終止符を打つ。F1に対するコスタの長年の貢献に対してメルセデスは、F1マシンのドライブをプレゼント。その様子が動画で公開された。
ボローニャ大学で機械工学を学んだコスタは、27歳の時にミナルディに加入。テクニカルディレクターを務めた後、1995年にスクーデリア・フェラーリに移籍。2つのチームで輝かしいキャリアを築いた後、2011年にメルセデスに入社した。
「本当にラッキーだよ。15年前にトラック上でのテスト走行が出来る機会に恵まれてね。まずはGTカーを走らせたんだ。その後何度かマシンを走らせる機会があったんだけど、今日はW04だ。これまでに走らせた事のある中で最強最速のマシンだよ」
© Mercedes AMG / エンジニアリング・ディレクターを務めるアルド・コスタ
メルセデスAMGが2013年のF1世界選手権に投入した「W04」は、ボブ・ベル監修の元、コスタが設計・開発を主導したF1マシンだ。2.4リッターV8エンジン「FO108F」を搭載したW04は、シーズン3勝を上げて360ポイントを獲得。チームをコンストラクター2位に導いた。
「メルセデスのエンジニアとして、僕のチームが設計したメルセデスのマシンを僕がドライブするんだ。信じられないよ」
コスタは2018年シーズンを以て一戦を退き、現チーフデザイナー、ジョン・オーウェンがその後任を務める事が決定している。退任の理由は、母国イタリアの家族と過ごす時間を増やすためだという。
テストドライブまでの道のりはシート合わせから始まった。4月23日、メルセデスのF1マシン製造拠点、ブラックリーでエンジンへの点火が行われ、その後シートフィッティングが行われた。W04は暫くの間倉庫の中で眠っていたため、念入りな動作チェックが行われた。
「今朝はエンジンがちゃんと動いてくれて良かったよ。これからシミュレーターを使って、クラッチとかスタートとかを練習したり、ブレーキングの感覚やギアチェンジに慣れるだ。ちょっとばかり練習しなくちゃね」
「色々変更を加えた上でクルマをテストする予定なんだ。ステアリング上の色んなスイッチとか機能とかを、ちゃんと覚えられてるかどうかを確認するためにコントロール・エンジニアと話をして、その後は…実際にクルマを走らせるよ!」
コスタはW04の基礎的な操作方法や安全上の手順について学習し、ステアリング上の様々なボタンやスイッチ類の機能を再確認。実際のテストに向けて準備を重ねた。
テストは5月6日に開催されたミナルディのファン感謝イベント「ミナルディ・デイ」で行われ、コスタはイモラ・サーキットを走行した。運命の瞬間を前に、ルイス・ハミルトンからのビデオメッセージがコスタに届けられた。
「Hi!アルド。一言メッセージを送りたくってね。2013年のマシンに乗るんだって?僕がメルセデスに来て一番最初にドライブしたマシンだね。君が熱心に開発に没頭してたクルマだし、めちゃくちゃエキサイティングなテスト走行になるのは間違いないね」
「幾つかアドバイスしておくよ。まずはクラッシュしないこと!それと体重を減らすこと!僕に何度も体重を絞れって言ってただろ?今回は君の番だ。僕がどんな思いだったか思い知ってくれ(笑」
「冗談はさておき、本当に素晴らしいひと時になるはずだから心の底から楽しんでよ。それが僕からのアドバイスだ。君は根っからのレーサーだ。感じたままにドライブするんだ。エアロダイナミクスを感じて、ブレーキの感触を確かめるんだ」
「ステアリングを切る時は優しくね。グリップを感じるんだ。さあ、予選の時間だよ。ポールポジションを期待してる。素晴らしい一日を楽しんで!」
ハミルトンからのサプライズプレゼントに、コスタは思わず笑みを浮かべた。「ルイスから最高のメッセージをもらってしまったね。有益なアドバイスだ。ほんとに嬉しいよ」
5年の眠りから覚めたW04にはカーナンバー「47」が掲げられた。「カーナンバーか…全く考えてなかったよ。そうだなぁ…ルイスが44でバルテリが77だから、それにあやかって47にするよ。4はルイスから、7はバルテリから頂こう」
多くのメディアとファンがピットレーンで見守る中、コスタは自ら設計したF1マシンを自らの手でドライブした。
「夢のようだ!信じられないよ!なんてマシンなんだ!笑いが止まらなかった。スロットルを開けると…もうそれは…現実とは思えないひと時だった」
「コックピットは快適だったよ。本当に心地よかった。エンジンは爆音だけど無線は鮮明だったから、エバンやリッチやみんなの声がはっきり聞こえた」
「みんなのおかげだ、彼らはいつものように素晴らしい仕事をしてくれた。本当に特別な気分だよ。まるでF1ドライバーになった気分だ。自分がルイスやバルテリになったような感じだった。信じられない。本当に最高のチームだ」
30年前に「史上最速のクルマを作りたい」との夢にあこがれてミナルディの門を叩いた男は、顔中に刻まれた深いしわを寄せて、少年のような屈託のない笑顔を浮かべた。