
故ジュール・ビアンキの形見盗難、父が悲痛の訴え「思い出の価値に胸が締めつけられる」
故ジュール・ビアンキの父であるフィリップ・ビアンキ氏が、自身のFacebookを通じて衝撃的な被害を明かした。1月6日(火)の夜、ジュールが最後にレースで駆ったカートを含む複数のシャシーが、自宅から盗まれたという。
盗難に遭ったのは、ジュールを追悼するブランド「JB17 Forever」のカート用シャシー9台。これに加え、彼が最後に使用したART GP製のKZ125も持ち去られた。さらに、フィリップ氏の孫が使用していたミニカートも被害に遭った。
フィリップ氏は「マシンとしての価値以上に、私たちの胸を締めつけているのは、その思い出の価値だ」と悲痛な思いをつづった。「お金で買えないもの、転売できないもの、そして、決して盗んではならないものが、この世にはある」
あわせて、盗まれたカートが流通しているのを見かけた場合、情報提供を求める呼びかけも行っている。
ジュール・ビアンキの軌跡
ジュール・ビアンキは2009年にフェラーリ・ドライバー・アカデミーに加入。将来を嘱望された才能あふれるドライバーだった。2013年にマルシャからF1デビューを果たし、翌年のモナコGPではチームに初ポイントをもたらす9位入賞を記録した。
これは、弱小チームにとって歴史的な快挙となったが、雨の鈴鹿サーキットで行われた2014年の日本GPで悲劇が起きる。別の事故を処理していた回収車両に衝突し、頭部に致命的な負傷を負った。
そして、9か月に及ぶ治療も虚しく、2015年7月17日、25歳でこの世を去った。1994年のアイルトン・セナ(ウィリアムズ)以来となるレースウィーク中の死亡事故は、F1界に大きな衝撃を与えた。
Courtesy Of Ferrari S.p.A.
フェラーリのレーシングスーツに身を包んだジュール・ビアンキ
今も受け継がれる記憶
今や欠かせぬ頭部保護デバイス「ヘイロー」や、バーチャル・セーフティカー(VSC)の導入は、この事故を教訓に生まれた。
ビアンキの存在は、安全性の向上という形で現在のF1にも色濃く刻まれている。また、彼の記憶は、フランスのポール・リカール・サーキットで開催される「ジュール・ビアンキ・マラソン・カート」などを通じ、今も大切に受け継がれている。
現役のフェラーリドライバーであるシャルル・ルクレール(フェラーリ)にとって、ビアンキは名付け親にあたる存在だった。家族ぐるみの親友でもあったルクレールは、かつてビアンキと共にこのカートイベントに7回出場し、優勝を飾ったこともある。
ビアンキが最期まで情熱を注いだカートは、遺族にとって彼そのものとも言える存在だ。盗まれた形見のマシンが無事に家族のもとへ戻り、再び穏やかな時間が訪れることを願いたい。