不可能を可能にしたハミルトンの「甘美な技」の正体、デグではないフェラーリ失速の原因とは?
2009年のF1ワールドチャンピオン、ジェンソン・バトンは、リスタートでミディアムタイヤを選択した事から「ほとんどの人が崖から落ちると思っていただろうが、よく持ちこたえた」とルイス・ハミルトン(メルセデス)に声をかけた。
F1メキシコGPでの2位表彰台は、メルセデスの果敢なタイヤ戦略と、性能低下のクリフ、いわゆる”崖”不可避と思われたミディアムタイヤを最後まで保たせ切ったハミルトンの見事なマネジメントの賜物だった。
レース後の会見の中で「またも2位です。今回は間違いないでしょう」と声をかけられたハミルトンは、失格処分が下された前戦を引き合いに「今のところはね!早とちりは良くないよ」と笑った。
露呈したフェラーリSF-23の弱点
赤旗からの再スタートに向けて、2番手シャルル・ルクレール(フェラーリ)は31周目に履き替えたハードタイヤを継続したが、3番手につけていたハミルトンは中古のミディアムに履き替えた。
チェッカーまでは37周も残っていた。ピレリのモータースポーツ部門を率いるマリオ・イゾラは「アグレッシブな選択」と形容した。
リスタート後の40周目、7度のF1ワールドチャンピオンは片輪を芝に落としながらターン1のイン側に進入。ピットウォールの肝を冷やしてルクレールを抜き去ると、驚くべきことに最終周で1分21秒344のファステストラップを刻み、9.249秒差をつけ2位フィニッシュした。
レース中断を経てタイヤが冷えた事で、同じハードタイヤながらもSF-23のフィーリングは赤旗の前後で一変した。ルクレールは「コースに出ていったら感触が違っていて、結局同じものを見つけることは出来なかった」と語った。
最終スティントのフェラーリのペースは明らかにダウンした。だがルクレールによれば、これはタイヤのデグラデーションではなく「酷くピーキーな僕らのクルマの弱点が露呈」しただけだった。
「クルマが最適なウィンドウから外れるたびにタイムを失いすぎてしまう。ハードのスティントはまさにそれだった」
開始当初の路面温度は52℃と週末を通して最も高かったが、路面の進化が頂点に達し、燃料が最も軽くなったレース終盤には44℃台にまで低下した。
7度の王者足らしめる”甘美な技”
メルセデスのチームメイト、ジョージ・ラッセルも同じ様に中古のミディアムを履いてリスタートに臨んだが、最終盤に向けて一気にラップタイムが低下した。
ブレーキのオーバーヒートによってペースを落とした結果、タイヤの熱が下がってしまい、再び機能させる事ができなかったとしてラッセルは「最後の20ラップは本当に酷かった」と語った。
トップを走るマックス・フェルスタッペン(レッドブル)の背中は遥かに遠く、チームメイトとは異なりクリーンエアーの恩恵があったのは確かだが、それでもラッセルと同じ様にオーバーヒートへの対処を余儀なくされつつも、ペースを落とさず、ハードを履いたフェラーリよりタイヤを長く保ったハミルトンの走りは印象的だった。
「ずっとプッシュし続ける事はできないんだ。故障を防ぐために200mとか300mくらい、リフト&コーストをしてクルマを冷やさなきゃならないからね」とハミルトンは振り返った。
タイヤマネジメントを高く評価した先述のバトンの問いかけに対してハミルトンは「僕も最後まで保たないだろうと思ってたんだけど、甘美な技を駆使したんだ。キミのような走りを目指したんだよ!」と返した。
「甘美な技」、もう少し砕いて訳せば「繊細な技」といったところだろうか。これは一体、どのようなテクニックなのか?
「何と言うか、タイヤのスライド量に関するもので、バランスの話なんだ」とハミルトンは説明する。
「クルマがシーソーみたいなものだと想像してほしい。ロングスティント、あるいはスティントを始める際はアンダーステアが望ましいんだ。というのもリアが無くなっていくにつれてシーソーが傾き、コントロールを失いやすいオーバーステアになっていくからね」
F1マシンは前輪操舵の後輪駆動であるため、コースにも依るが、基本的にはフロントが先に摩耗し、前後バランスが取れた後にリアが摩耗し始める。オーバステアでスティントが始まると、終盤は手の負えない状況に陥ってしまう可能性がある。
ただしこれはあくまでも原則であり、「フロントタイヤに問題がある場合は別で、この場合はバランスを見つけるのが本当に難しい」とハミルトンは説明する。
「これはグリッドに着くためのラップを通して判断するんだけど、例えばソフトの場合はミディアムとは別のセッティングが必要なんだ」
「3つのセクター全てに集中して、プッシュできるところと、できないところを見極めていく。兎に角、僕はそういう風に考えている」
「そして今日は、リフト&コーストとタイヤのセービングのバランスを取るという点で本当に良い仕事ができたんだと思う」
「これはテクニックなんだ。ドライバーであれば誰もが知っているね」
温度や摩耗を踏まえた前後タイヤのバランス、これに影響を与えるコースレイアウトとコンディションの変化、そしてレース展開。これらの無数の組み合わせに応じてドライビングを変え、セッティングを調整する。こうした的確な判断と柔軟な対応がハミルトンをトップドライバー足らしめている一つの要因なのだろう。
W14はレッドブルRB19に続くメキシコで2番目に速いクルマだった。1週間後に控えるのは、昨年ラッセルが勝ち取り、ハミルトンが2位フィニッシュを果たしたブラジルだ。
インテルラゴスでの週末に向けてハミルトンは「間違いなく大きな自信になったよ」と付け加えた。