F1パワーユニット
F1パワーユニットとは、ICE(内燃エンジン)にエネルギー回生システム(ERS)と呼ばれるハイブリッド技術を組み入れたF1の動力源の事。レギュレーション改定によって2014年にF1に導入された1.6リッターV6ハイブリッド・ターボエンジンの事を指す。文字数の関係上Power Unit = “PU”と略記される場合がある。
F1とて世界的なエコ化・低炭素化の波には抗えず、従来の2.4リッターV8自然吸気エンジンに代わって、2014年にハイブリッドシステム付きの小排気量ターボエンジンが導入された。
ターボーエンジンと2基のモータが完全に統合されている事から、以降のF1の動力は”エンジン”ではなく”パワーユニット”と呼ばれるようになった。
2014年に「ホンダ、2015年からF1エンジン供給」のような見出しが新聞各紙を賑わしたが、これは正確ではなかった。ホンダが供給していたのはエンジン単体ではなく、ハイブリッドを含むパワーユニット一式だった。
© Honda、2018年仕様のホンダ製F1パワーユニットRA618H
F1パワーユニットの構成要素
パワーユニットは、以下の6つの主要コンポーネントから構成される。ECU(エンジンコンピューター)がこれら全てを統合的に制御する。
- 内燃エンジン (ICE)
- ターボチャージャー
- 運動エネルギー回生システム (MGU-K)
- 熱エネルギー回生システム (MGU-H)
- バッテリー (ES)
- コントロール・エレクトロニクス (CE)
排気ガスの熱エネルギーを回生するMGU-Hと、運動エネルギーを回生するMGU-Kの2つのシステムを総称して、エネルギー回生システム=ERS(Energy Recovery System)と呼ぶ。これはいわゆるハイブリッドシステムの事で、回生されたエネルギーを実際に使用することをデプロイメントと呼ぶ。
ハイブリッド・ターボ初年度においては、ERS単体で161馬力、ICE単体で600馬力、PU全体で計761馬力以上を発揮すると試算されていたが、2017年末にはメルセデスPUがシステム全体で1000馬力に到達と報じられ、2019年現在では概ねどのサプライヤーも、ICE単体で850馬力を発揮していると考えられている。
上記の各コンポーネントについて、以下簡単に紹介していこう。
ICE =内燃エンジン
ICE(Internal Combustion Engine)は所謂旧来のエンジン、内燃機関であり、パワーユニット中核を成す動力機関である。燃料をシリンダー内で燃焼させて動力を得る。2014年初年度の時点では、ICE単体で600馬力程度の出力があると考えられていた。
レギュレーションによって排気量は1.6リットル、最大回転数は15,000回転/分、バンク角は90度、最大燃料流量は1時間あたり100kg、重量145kg以上に制限されている。
MGU-K =運動エネルギー回生システム
MGU-K = Motor Generator Unit Kineticは、ブレーキング時に発生する運動エネルギーを電気エネルギーに変換して再利用するための装置。エンジンのクランクシャフトに直結されたモーターの抵抗を利用して減速と発電を同時に行う。
回収したエネルギーはバッテリーに送って一時的に保管しておくか、すぐに使用するかを選ぶことができる。MGU-KのKはKineticのKで運動を意味する。
MGU-Kには運動エネルギーの回生以外に、蓄えたエネルギーを使って実際に車軸を駆動させる役割を担っている。最大出力は規定で120kW(161馬力)に制限されている。
MGU-H =熱エネルギー回生システム
MGU-H = Motor Generator Unit Heatは、排気の熱エネルギーを電気に変換して再利用するための装置。ターボチャージャーに代わってターボラグを解消させる役割も担う。MGU-HのHはHeatのHで熱を意味する。
MGU-Hによって得た回生エネルギーを実際に駆動力とするためにはMGU-Kを使う。MGU-Kのモーターを通して車軸を回転させ、内燃エンジンのアシストパワーとする。
ターボチャージャー
ターボチャージャーは排気ガスを使ってタービン(扇風機の羽根のような形状)を回し、コンプレッサー(空気を圧縮させる機械)を稼働させ、圧縮空気をエンジン内部に強制的に送り込む事で燃焼効率を向上させて出力アップを狙う装置の事。
MUG-Hとは共生関係にあり、同じ軸上で連結されている。
ES =エナジーストア
ES = Energy Store(エネルギー・ストア)は、MGU-HとMGU-Kで作られた電気エネルギーを一時的に保管しておくためのバッテリー。コスト削減策の一環としてESの重量は20~25kgと規定されている。
CE =コントロール・エレクトロニクス
コントロール・エレクトロニクス(Control Electronics)はパワーユニット全体を制御するための電子デバイス。Electronic Control Unit(ECU)とも呼ばれる。1秒間に数百万回の処理を行い、燃料流量や点火タイミング、デプロイメントのタイミングや量など、あらゆる動作を管理・コントロールする。
ホンダ苦戦の経緯と理由
ホンダはマクラーレンと提携し、V6ターボ導入から1年遅れの2015年にF1復帰を果たしたものの、無数のエンジントラブルに見舞われ、世界王者のジェンソン・バトンとフェルナンド・アロンソが表彰台に上がる事はなく、パートナーシップは3年足らずで解除された。
信頼性とパフォーマンス不足の原因は何だったのか? ホンダのパワーユニットに何が起きていたのか? 問題は大きく分けて2つあった。
まずはパワーユニットの小型化だ。復帰に際してマクラーレンはホンダに対し、極端にリアを絞り込む空力優先の開発コンセプト「サイズゼロ」を打ち出した。この要望に応えるためホンダはターボチャージャーやMGU-Hを限界まで小型化し、これをエンジンのVバンク内に収めるレイアウトを採用した。
期待に応えるコンパクトなパワーユニットが完成したのは良かったが、MGU-Hの出力が頭打ちとなってしまい、ハイブリッドパワーでの追加馬力に限界が生じ、ライバルに対してパワー面で大きく水を開けられてしまう。そこでホンダは2017年にパワーユニットのコンセプトを一新する。
決別が決定的となった2017年シーズンのバルセロナテスト
サイズゼロ仕様のPUとは対照的にMGU-Hやターボチャージャーは大型化され、コンプレッサーはVバンク内から外へと再配置された。だが、ここで深刻な信頼性不足が露呈する。コンプレッサーの再配置によってタービンとコンプレッサーを繋ぐシャフト(軸)が長くなり共振問題が発生したのだ。
ある一定のエンジン速度域でバンプや縁石に乗り上げた際に軸振動が一気に増大し、捻じれ、曲がろうとするシャフトの動きに対して、回転軸に取付けられたベアリング(回転する軸を支えるためのパーツ)が耐えきれずに破損。支持体を失ったシャフトが暴れまわる事でパワーユニット全体が破壊された。まともに走行することすら厳しいシーズンだった。
この問題を解決するためにホンダは、ホンダジェットの開発を手掛ける本田技研の航空機部門に助けを求めた。航空機用のエンジンは大型のプロペラとタービンが長い軸で連結されており、MGU-Hはコンプレッサーとタービンが軸で繋がれている事から構造が似ている。
ガスタービンエンジンの専門家の知見を得て、シャフトを固定するベアリングの配置や位置、そして軸そのものの剛性を見直すことで、ホンダのF1パワーユニットは性能と信頼性を飛躍的に向上させた。2019年第2戦以降、レッドブルとトロロッソはMGU-Hの故障を原因とするリタイヤを経験していない。
エネルギーマネジメント時代の到来
パワーユニット新時代のF1での成功の鍵は「エネルギーマネジメント」にあると言われる。何故だろうか? その理由は大きく次の2つに集約される。
- 複雑化した動力装置
- 大幅な燃料制限
まず1点目。動力装置が内燃エンジン1つのみであった時代とは異なり、現代のF1マシンにはICE、MGU-H、MGU-Kの3つの動力発生装置を積み込まれ、これにターボチャージャーが組み合わされている。各動力装置からどの程度のエネルギーを引き出して、それをどのように組み合わせ、どのような状況でどういった方法で使用するか、という総合的な視点が求められている。このような考え方は今までのF1には存在しなかった。
個々のコンポーネントの性能も重要だが、それと同じくらいに各コンポーネント間の制御がマシンパフォーマンスに大きな影響を及ぼす。実際のレースにおいても開発においてもこの視点は欠かすことが出来ない。
2点目。パワーユニット時代のF1では燃料の最大流量が100kg/hに制限された事に加えて、燃料タンク容量も110kgに制限されている。2012年シーズンに1レース当たり155~160kgの燃料を消費していたことを考えると35%も少ない燃料で同じ距離を同じ位のスピードで走ることが要求されているわけだ。
燃費の悪いマシンは、レースを全力で走行することが出来ずに敗者となるだろう。燃費が良い=速い、という今までにはない構図が生まれている。よもやエンジンパワーを競う時代ではない。エネルギーマネジメントが問われる時代となったのだ。パワーユニットの重要性が叫ばれるのはここに理由がある。
メーカー別パワーユニット供給先リスト
2014年
パワーユニット導入初年度となる2014年には、メルセデス、ルノー、フェラーリの3メーカーがPUを供給。仏大手自動車メーカーは独メルセデスと並ぶ最多4チームへ供給し、伊の名門フェラーリは3チームにパワーユニットを供給した。
エンジン | チーム |
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フェラーリ 059/3 |
フェラーリ ザウバー マルシア |
メルセデス PU106A Hybrid |
メルセデス マクラーレン ウィリアムズ フォース・インディア |
ルノー Energy F1-2014 |
レッドブル ロータス トロ・ロッソ ケータハム |
2015年
一年遅れでホンダが参戦。第4期HONDAがスタート、マクラーレンとのワークス体制を築いた。フェラーリ陣営は、財政難のためにマルシャが投資家資本を受け入れマノーと名称を変更。予算の都合上、マルシャのみ昨季型059/3を使用した。ルノーは、ケータハムの撤退とロータスのメルセデス移行に伴い、レッドブル系チームのみへの供給となった。
エンジン | チーム |
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フェラーリ 059/4 |
フェラーリ ザウバー マノー |
メルセデス PU106A Hybrid |
メルセデス ウィリアムズ フォース・インディア ロータス |
ルノー Energy F1-2015 |
レッドブル トロ・ロッソ |
ホンダ RA615H |
マクラーレン |
2016年
フェラーリ陣営に新チームのハースが加入。トロ・ロッソは一年落ちの2015年型フェラーリPUを搭載、ハンデを抱えた。ロータスを買収し、ルノーがワークスとして復活。パワーユニット型番も「ルノー R.E.16」と一新されたが、関係悪化に伴いレッドブルはバッジネームを採用し「タグ・ホイヤー」名義のPUを搭載した。メルセデス陣営には、昨年フェラーリPUを搭載していたマノーが加入した。
ホンダ陣営は、トロ・ロッソ等のプライベーターからの引き合いはあったが、ロン・デニス総裁が意を唱えたため実現ならず。16年もマクラーレンへの単独供給となった。
エンジン | チーム |
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フェラーリ 061 |
フェラーリ ザウバー ハース トロ・ロッソ |
メルセデス PU106C Hybrid |
メルセデス ウィリアムズ フォース・インディア マノー |
ルノー R.E.16 |
レッドブル ルノー |
ホンダ RA616H |
マクラーレン |
2017年
ホンダは復帰3シーズン目もマクラーレンのみに供給。今季限りで両者の関係は幕を下ろした。マノーが撤退した事で、メルセデス陣営は4チームから3チームに減少。トロ・ロッソがルノーに復活、スポンサーシップの兼ね合いからパワーユニットは「トロ・ロッソ」名義となった。ザウバーのみ、一年落ちのフェラーリ製2016年型PU「061」を使用した。
独Auto Motor und Sportの推計によれば、17年シーズン末の時点で、メルセデスは949馬力、フェラーリは934馬力、ルノーが907馬力、ホンダは860馬力の出力を誇るとされる。
エンジン | チーム |
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フェラーリ 062 |
フェラーリ ザウバー ハース |
メルセデス M08 EQ Power+ |
メルセデス ウィリアムズ フォース・インディア |
ルノー R.E.17 |
レッドブル ルノー トロ・ロッソ |
ホンダ RA617H |
マクラーレン |
2018年
マクラーレンとの関係を終わらせたホンダは、トロ・ロッソと提携。新たなスタートを切った。マクラーレンはルノー陣営に移動。この年、フェラーリ製PUはメルセデスに匹敵するパフォーマンスを発揮。ギャップを大幅に縮めた。
エンジン | チーム |
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フェラーリ 062 EVO |
フェラーリ ザウバー ハース |
メルセデス M09 EQ Power+ |
メルセデス ウィリアムズ フォース・インディア |
ルノー R.E.18 |
レッドブル ルノー マクラーレン |
ホンダ RA618H |
トロ・ロッソ |
2019年
遂に強豪レッドブル・レーシングがホンダ陣営に加入。ザウバーがアルファロメオ・レーシングに、フォース・インディアがレーシングポイントにチーム名称を変更した事を除けば、メルセデス、フェラーリ陣営の顔ぶれに変化はない。
ウィリアムズは本年9月に、メルセデスAMGとのパワーユニット供給契約を2025年まで延長した事を発表した。
エンジン | チーム |
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フェラーリ 064 |
フェラーリ アルファロメオ ハース |
メルセデス M10 EQ Power+ |
メルセデス ウィリアムズ レーシングポイント |
ルノー E-TECH 19 |
ルノー マクラーレン |
ホンダ RA619H |
トロ・ロッソ レッドブル |
2020年
ハイブリッド・ターボ導入後としては初めて、各陣営の顔ぶれに変化がなく2019年シーズンと同じ体勢となった。
エンジン | チーム |
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フェラーリ 065 |
フェラーリ アルファロメオ ハース |
メルセデス M11 EQ Power+ |
メルセデス ウィリアムズ レーシングポイント |
ルノー E-TECH 20 |
ルノー マクラーレン |
ホンダ RA620H |
トロ・ロッソ レッドブル |