
2社がV8支持を表明、次世代F1エンジン議論が新段階へ。浮上した「1200馬力」構想
現行のF1パワーユニット(PU)メーカー2社が、次世代PUをV8エンジンに移行する構想に前向きな姿勢を示した。FIA会長を務めるモハメド・ベン・スレイエムが掲げるV8復活案は、単なる回顧趣味とは語れない段階に入っている。
イギリスの専門メディア『The Race』によると、メルセデスのモータースポーツ責任者であり、チーム代表も務めるトト・ウォルフは、2030年または2031年からのV8移行について「全面的に賛成だ」だと語った。
もっとも、ウォルフが支持するのは100%純粋な内燃エンジン(ICE)への回帰ではない。自動車産業界との接点を維持するため、電動領域を一定程度残すべきとの立場だ。
FIA会長が示したV8回帰方針
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
歴代のメルセデス製1.6リッターV6ハイブリッドF1パワーユニット、2025年12月16日英国ブラックリーのファクトリーにて
ベン・スレイエムはマイアミGPで、現在の1.6リッターV6ハイブリッド・ターボから、より安価で軽量なV8に移行する構想を明らかにした。導入時期は遅くとも2031年。十分な支持が得られれば、2030年への前倒しもあり得る。
現行PUは、電動パワーとICEの出力比率がおおむね50対50に近い。メーカー側の意向も反映された技術的に高度な規則だが、複雑さ、重量、コスト、そしてこのPUがもたらした新たなレーススタイルをめぐって波紋が広がっている。
ベン・スレイエムは、2030年導入にメーカーの承認が得られなかった場合でも、2031年には実現すると強調している。
「彼らはそれが起きることを望んでいる。だが、仮にメーカーが[2030年導入を]承認しなかったとしよう。翌年には実現する。2031年にはいずれにせよ導入される。実現する」
この発言は、FIAが次期PUの主導権を握ろうとしていることを示すものだが、実際には少なくとも2つのメーカーは支持する立場を採っており、メーカー側との間に完全な溝があるわけではない。議論は現実的なステージにあるようだ。
支持を表明するメルセデス
Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.
表彰台で優勝トロフィーに口づけをするアンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデスAMGペトロナス)、2026年5月3日(日) F1マイアミGP決勝(マイアミ・インターナショナル・オートドローム)
先のウォルフの発言は、アンドレア・キミ・アントネッリがマイアミGPを制した後に語られたものだった。メルセデスにとっては今季4戦全勝だ。
2014年以降のターボハイブリッド時代で大きな成功を収め、電動化を含む高効率PUの価値を強く支持してきたメルセデスが、V8移行に前向きな姿勢を示した意味は大きい。ウォルフはV8への愛着を隠さない。
「我々はV8が大好きだ。そこには素晴らしい記憶しかない。それは我々の視点から言えば、高回転まで回る本物のメルセデスエンジンという記憶だ」
「では、それをどう作るのか。現実世界とのつながりを失わないために、バッテリー側から十分なエネルギーをどう与えるのか」
ウォルフが重視しているのは、この最後の部分だ。電動領域を廃して完全な内燃エンジンへと戻った場合、自動車産業界との繋がりが失われると見ている。
「100%内燃機関に振れば、2031年や2030年には少し滑稽に見えるかもしれない。だから、その点を考慮する必要がある。よりシンプルにし、最高のエンジンにすることだ」
「メルセデスの立場から長期的な観点で言えば、我々はエンジン規則に対してオープンだ」
電動要素を残すICE主体の「1200馬力」構想
ベン・スレイエムは将来のV8について、電動化は「ごく僅か」になると説明していた。だがウォルフが描くのは、電動エネルギーの存在感を大幅に弱める画ではない。
「内燃エンジンから800馬力を引き出し、その上に400馬力、あるいはそれ以上を電動エネルギーとして載せることができるかもしれない」
合計1200馬力級となるこの構想での主役は、V8エンジンとなる。だがバッテリーも、現実の自動車技術との接続を保つための重要な要素として残る。
Courtesy Of Honda Motor Europe Ltd.
HRC(株式会社ホンダ・レーシング)のメモラビリア事業で販売される1990年型マクラーレン・ホンダMP4・5Bに搭載されたRA100E型エンジンのスロットルボディ、インジェクター、ファンネル
ウォルフは、議論が一方的に進むことには慎重だ。メーカーの財務状況、既存の投資状況、関係者の事情を考慮しながら、コンセンサスを重視する議論が必要だと主張する。
「我々は全面的に賛成だ。そうした議論が体系的に行われ、人々の事情が考慮され、取り込まれる限りにおいてね」
「我々は現在のメーカーが置かれている財務的な現実を理解している。それがきちんと計画され、実行されるなら、我々メルセデスも本物のレーシングエンジンで戻ってくる側に入れてほしい」
投資回収の現実、フェラーリとレッドブルの姿勢
次世代PUを巡る議論において、現行メーカーの投資状況を無視することはできない。メルセデスは4チームにPUを供給し、フェラーリは3チーム、レッドブルはフォードとの提携で2チームに関わる。ホンダとアウディは、それぞれ1チームに供給している。
さらにゼネラルモーターズは、現在フェラーリ製PUを使用するキャデラック向けに、自社PUを製造する計画を持っている。つまり、現行世代のPU規則には、すでに複数メーカーが多大な資金、人員、インフラを投じている状況だ。
そのため、V8への移行は技術的な変更以上の意味を持つ。2030年への前倒しは、現行PUへの投資の回収期間が短くなることを意味する。仮に2031年に導入するにせよ、メーカーが納得できるコストの構造と技術的な意義が必要となる。
フェラーリのチーム代表フレデリック・バスールは、次期PU規則で重視する要素として、予算の削減を挙げている。
レッドブルも、フォードと組むレッドブル・フォード・パワートレインズとして現行PU開発に多大な投資を行ってきた。それでもチーム代表のローラン・メキーズは、メルセデスと同様にV8案に柔軟な姿勢を示した。
「レッドブル・フォード・パワートレインズとしては、かなり前向きに受け止めている。我々は現行PUの開発をゼロからスタートしなければならなかった立場だが、まずまずの立ち上がりになっていると思う」
「それとは別に、さらなる別の挑戦があることに、かなりワクワクしている。[自動車メーカーを主体とする他のメーカーとは異なり]我々はおそらく、もう少し柔軟で独立した立場にある」
Courtesy Of Red Bull Content Pool
イギリス・ミルトンキーンズに位置するレッドブル・パワートレインズのファクトリー外観、2023年2月22日
F1に刻まれたV8エンジンの記憶
F1が直近でV8エンジンを使用していたのは2006年から2013年だった。その後、より静かで複雑な1.6リッターV6ハイブリッドターボに置き換えられた。
さらに歴史を遡れば、高回転型のコスワースDFV V8エンジンは、1960年代から1980年代初頭にかけてF1の定番エンジンだった。V8という形式には、F1の記憶が深く刻まれている。
creativeCommons Mr.choppers
1980年のフォード・コスワースDFV F1エンジン
だが2030年または2031年に向けて議論されているV8は、過去の再現ではない。ウォルフが示した1200馬力級の構想は、内燃エンジンのサウンドと高回転を取り戻しつつ、電動エネルギーの存在感を残すものだ。
2030年への前倒しが実現するのか、それとも2031年にFIA主導で実現させるのか。F1の次期PUを巡る議論は、懐かしいV8への回帰ではなく、次の10年にふさわしい「本物のレーシングエンジン」をどう定義するかという段階に入っている。