映画『F1:The Movie(邦題:F1/エフワン)』にソニー・ヘイズ役で出演するブラッド・ピット
Courtesy Of Apple Original Films

公式中継の未来をも変えるか―映画『F1』革新映像の裏に日本技術とiPhone、プロに◯秒差と迫った俳優ピットの過酷な努力

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映画『F1:The Movie(邦題:F1/エフワン)』で「時速320kmでの没入体験」を可能にしたのは、Sonyとの共同開発により誕生した超小型カメラシステム「Carmen(カルメン)」とiPhone、そして過酷なトレーニングを通した俳優陣の飽くなき努力だった。

中でも主演のブラッド・ピットは、F2マシンでプロドライバーの最速タイムにわずか5秒差に迫るほどの走行技術を身につけた。また、カルメンが実現した新たなオンボード映像は、将来的にF1公式中継に採用される可能性がある。

ハミルトンが求めた“リアルなスピード感”を映像化

「運転している時の感覚を本当に伝えてくれる映画なんて、今まで一度もなかった」——本作にプロデューサーとして参画したルイス・ハミルトンのこの言葉が、制作の出発点となった。

『トップガン マーヴェリック』で戦闘機の臨場感を再現したジョセフ・コシンスキー監督が今回挑戦したのは「時速320キロの世界」だ。だが、戦闘機とF1マシンでは根本的に異なる課題があった。

「戦闘機なら、カメラ機材を20~30キロ積んでもまったく問題なかった」とコシンスキー監督。「でもF1マシンでは、1キロの重さですら影響する。カメラを載せただけでマシンが遅くなってしまう」

「それは僕らが目指すリアルなレース体験と真っ向からぶつかってしまう」

ブラッド・ピットとルイス・ハミルトン(フェラーリ)、ダムソン・イドリス、6月16日に米ニューヨーク・タイムズスクエアで行われた映画『F1:The Movie(邦題:F1/エフワン)』のワールドプレミアにてCourtesy Of WARNER BROS. ENT.

ブラッド・ピットとルイス・ハミルトン(フェラーリ)、ダムソン・イドリス、6月16日に米ニューヨーク・タイムズスクエアで行われた映画『F1:The Movie(邦題:F1/エフワン)』のワールドプレミアにて

“棒の先にセンサー”─革命的「カルメン」

課題の克服には、『トップガン マーヴェリック』で培われた撮影技術のさらなる進化が必要だった。

コシンスキー監督と撮影監督クラウディオ・ミランダが掲げた技術的要件は3つ──極限までの小型・軽量化を実現しながらもIMAXの大画面に耐えうる高画質と広いダイナミックレンジを持つこと。カメラが自由に動かせること。そして、サーキット全体で複数のカメラを無線で同時操作できること──だった。

これらを満たす既存の撮影機材は存在せず、新たな撮影システムの開発が不可欠だった。こうして誕生したのが、Sonyとミランダが共同開発した超小型カメラシステム「カルメン(Carmen)」だ。

ミランダが「棒の先にセンサーが付いたようなもの」と表現するこのカメラは、従来のオンボードカメラの常識を根底から覆す。1台のマシンに最大15台を搭載可能で、固定視点に加えパン・チルト機能も搭載。これにより、従来のF1中継では不可能だったダイナミックな映像表現が実現された。

特筆すべきは、数キロメートルに及ぶサーキット全域での無線同時操作技術だ。レース中継への電波干渉を避けつつ、リアルタイムで複数のアングルを切り替えながら撮影を敢行できるこの技術は、最大12方向からの同時撮影を可能にし、映像の臨場感を格段に高めた。

iPhoneがF1マシンに搭載された理由

もうひとつの革新は、Appleとの協業によって実現した新たなオンボードカメラシステムだ。見た目は、これまでF1マシンの側面に搭載されてきた標準的なオンボードカメラポッドと変わらないが、その内部にはiPhone用のカメラセンサー、AシリーズAppleシリコンチップ、iOS、そして専用開発された撮影用ファームウェアが搭載されている。

このシステムは、F1の技術基準に完全に適合しながらも、従来の中継カメラでは到達できなかった“映画品質”を伴う映像美を実現。実際のグランプリ・ウィークエンド中に、実戦仕様のF1マシン2〜3台にこのカメラが搭載され、レース中の撮影が行われた。

その結果、リアルなスピード、ドライバーの視点、そしてレースの緊張感――そのすべてを観客に“体感”させる、かつてスクリーンで描かれたことのないレベルの迫力と臨場感を備えた映像が誕生した。

プロ仕様の体作り─“俳優”を“アスリート”へ

俳優陣の訓練も、これまでに例のない挑戦だった。通常、F1ドライバーは6歳前後からカートを始め、何年にもわたって体力と技術を積み上げてようやくF1に到達する。だが、ブラッド・ピットとダムソン・イドリスに与えられた準備期間は、わずか数週間しかなかった。

契約後すぐに、コシンスキー監督はピットとハミルトンをロサンゼルスのサーキットへ連れて行った。「ルイスが初めて、ブラッドの“素の才能”を目の当たりにした瞬間だった」と監督は振り返る。

「彼はずっとバイクに乗ってきた経験があって、グリップ感覚、レコードライン、ハンドクラッチ操作にも慣れていた。スタートとしては理想的だった」

とはいえ、スポーツカーから始まり、空力性能がシビアに問われるオープンホイールカーへ移行し、さらにシミュレーターを挟みつつ、F3マシンでの6週間に及ぶトレーニングを経てF2マシンへとステップアップしていくプロセスは、決して平坦ではなかった。

「最初の1か月は『マシンを信じる』ことから始まる」とピット。「壁に向かっていっても、ちゃんと止まる、地面に食いつく——それを体に覚えさせるんだ。どれだけ頭が『ムリ!ムリ!ムリ!』と叫んでもね」

首を鍛えるトレーニングに取り組むカルロス・サインツcopyright FIA

首を鍛えるトレーニングに取り組むカルロス・サインツ

訓練を主導したのは、リードスタントドライバーとしてレース演出も担ったルチアーノ・バチェタと、スタントドライバーのクレイグ・ドルビーだった。

「俳優たちは、運転しながら台詞を言い、表情や感情の演技まで求められる。これはプロドライバーにはない負荷だ」とバチェタは指摘する。「しかもヘルメット越しの目の演技だけでね」

5〜6Gの横Gに耐えるためには、体幹、背中、首、ふくらはぎ、アキレス腱まで、全身の筋力を鍛える必要がある。VO2 max(最大酸素摂取量)測定で心肺機能を把握し、BATAC(反応速度トレーニング機器)で神経反応を強化──俳優たちは、F1ドライバーと同様のトレーニングメニューをこなしていった。

トレーナーを務めた、英プレミアリーグやハースF1チームでも実績のあるバリー・シグリストはこう語る。

「F1ドライバーは幼少期から段階的にGフォースに慣れながらキャリアを積んでいくが、今回はそのプロセスを数週間で一気に詰め込む必要があった」

ステアリングの切り方、ブレーキの踏み込みタイミング、フルスロットルの加減──どこでアクセルを開け、どこで抜くかまで細かく指示を受けながら走行を重ねた。徹底した訓練の成果として、ピットのF2マシンでのベストタイムは、プロドライバーの最速ラップと比べてわずか「5秒差」にまで迫ったという。

ブラッド・ピット主演のF1映画『F1/エフワン』のシーン (5)Courtesy Of WARNER BROS. ENT

ブラッド・ピット主演のF1映画『F1/エフワン』のシーン (5)

F1中継の未来を変える可能性

「レース中継では絶対に見られない角度から、F1の世界を体感できる」──コシンスキー監督は、そう断言する。F1中継の常識を覆す本作導入の革新的な映像技術は、将来的にF1公式中継に採用される可能性を秘めている。

実際、超小型カメラ「カルメン」が捉えたアングルの中には、F1の公式中継での応用が検討されているものが含まれているという。

「ルイス(ハミルトン)が求めていたのは、運転中に自分が実際に見ているもの、その感覚を観客と共有することだった」と語るコシンスキー監督は、「テレビでは得られない視点を、映画の質感とスケールで届けることができた」と胸を張る。

その言葉通り、ハミルトンも映像の完成度に太鼓判を押す。

「ジョー(コシンスキー監督)と彼の素晴らしいクルーがやってのけたのは、“リアルなスピード”を映像として捉えること。それは本当にエキサイティングだった。まさに彼の才能の証だ」

IMAXフォーマットによって、その映像体験はさらなる次元へと昇華される。巨大スクリーンと高解像度が可能にする没入感は、世界でわずか20人しか体験できないF1ドライバーの視界を、観客に“擬似的に”体感させる。まさに、これまでテレビでは決して味わえなかった次元のモータースポーツ映像だ。

プロデューサーのジェリー・ブラッカイマーも、次のように述べている。

「F1ドライバーは世界にわずか20人しかいない。その唯一無二の体験を、IMAXで誰もが味わえる。これは特別なことだ」──本作は、映像表現の限界を押し広げ、モータースポーツ映像の新たな地平を切り開こうとしている。


映画『F1/エフワン』は6月27日(金)より全国で公開される。4D、Dolby Cinema、ScreenX、IMAXでの上映も予定されており、かつてない“体感型レース映画”が、この夏、日本中を熱狂させることになりそうだ。

  • 監督:ジョセフ・コシンスキー『トップガン マーヴェリック』
  • プロデューサー:ジェリー・ブラッカイマー『トップガン マーヴェリック』
  • 脚本:アーレン・クルーガー『トップガン マーヴェリック』
  • 出演:ブラッド・ピット/ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン/ハビエル・バルデム