F1技術解説:初心者向け空力学…レースをより楽しむために知っておきたい6つの視点

モニターに表示されるメルセデスF1マシン、メルセデスAMG F1の車体開発拠点ブラックリーの空力部門にてCourtesy Of Daimler AG

空力学(エアロダイナミクス)とは何か? 何故F1では空力が重要視されるのか? ウイングやバージボードといったエアロパーツにはどのような役割と効果があるのだろうか?

ここではF1(モータースポーツ)初心者向けに、知っておくとよりF1を楽しめると思われる空力の基本的な全体像を噛み砕いてみた。

空力は何故重要なのか?

走行中のクルマは前方からの空気の流れに晒される。これを扱うのが空力学だ。時速300kmを超える猛烈なスピードを発揮するだけに、F1マシンに対する空気の影響は計り知れないものがある。

チーム毎のラップタイム差は主にコーナリング性能から来るものであり、それは空力によってもたらされる。同じエンジンを搭載するチームのラップタイム差が2秒近くある事からも、空力の重要性が感じ取って頂けるのではないかと思う。

70年に及ぶF1世界選手権の歴史において、マシンが高速化し続けてきたのは空力学の発展によるところが大きい。

F1チームは、この分野でライバルに先行するために何百人もの専門家を雇い、毎年何十億円もの予算を投じている。空力にはそれだけの価値があるのだ。

まずは空力を知る上で欠かせないダウンフォースドラッグについて見ていこう。

Courtesy Of Daimler AG

英国ブラックリーにあるメルセデスF1の風洞

ダウンフォースとドラッグ

F1マシンが信じ難い高速でコーナーを駆け抜けられるのはダウンフォースのおかげだ。マシンを地面に押し付ける空気の力、それがダウンフォースであり、F1マシンのパフォーマンスの真髄と言える。

copyright Formula1 Data

ダウンフォース

ダウンフォースによってタイヤと路面とが強く密着する事で強力なグリップが発生する。その結果、乗用車であれば遠心力によって外側に吹っ飛んでしまうような速度でも、F1マシンは難なくコーナーを通過する事が可能となる。

理論上、F1マシンはそのダウンフォースの大きさから、トンネルの天井を逆さまに走る事も可能とされている。それも僅か時速100kmほどで、というから驚きだ。

ダウンフォースが垂直方向の空気の力である一方、ドラッグ=空気抵抗はクルマの進行を遮る水平方向の力だ。

ドラッグは車速が上がるにつれて加速度的に増加する。ドラッグは車速の2乗に比例して大きくなるため、F1マシンの速度域ともなれば空気はまさに壁となってしまう。スリップストリームなる現象が存在するのもそういう理由からだ。

流速と圧力

F1マシンのダウンフォースの多くは車体底面で発生する。これは、車体上部より下部の空気の流れを速くする事で車体下側に低圧のエリアを作り出し、路面とマシンとを吸引させるものだ。

流速が上がると圧力が下がるという仕組み(ベルヌーイの定理)を応用したもので、2つの風船の間にストローで息を吹きかける以下の動画で直感的に理解できるのではと思う。2つの風船を、それぞれマシンと地面と見なして見て欲しい。

F1の空力思想は飛行機と真逆のアプローチを取っている。飛行機は翼の上面を通過する空気を下面より速くする事で上部に負圧を生み出し、揚力という形で飛行機を上へと押し上げている。

空力開発が目指すもの

空力という観点でマシンをより速くするためには、ドラッグの低減ダウンフォースの増大という2つの要素が求められる。

ダウンフォースを生み出してタイヤを路面に押し付けコーナリング速度を向上させ、車速を下げる要因となるドラッグを最小限に抑える事が重要だ。

ただしダウンフォースの増加はドラッグの増加に繋がるのが厄介なところだ。ダウンフォースのみを追求するとストレートでのトップスピードが伸びず、オーバーテイクの餌食となってしまう恐れがある。

そのため、ダウンフォースを増やす一方で如何にドラッグを抑えるか、つまり空力効率を上げる事が求められる。

ダーティー・エアー

物体の下流側へと向かう気流をウェイク(後流)と言う。ウェイクは基本的に渦を巻いた空気の流れであり、”ダーティー・エアー”(汚れた空気)と呼ばれ空力学者達から忌み嫌われている。

渦になってしまうのは、マシンのボディー表面から離れた気流と、ボディーに触れていない気流という2つの異なる流れが干渉し合うためだ。

以下はダーティー・エアーについてのインディカー・シリーズの解説動画だ。前走車から後続車へと向かう乱れた空気の流れが可視化されている。

ダウンフォースを生み出すためには乱れのない”クリーン・エアー”が必要となる。空気の流れが複雑になればなるほど、乱れれば乱れるほど、思い通りにクルマを機能させるのが難しくなる。

F1マシンの中で特にダーティー・エアーの元凶となっているのはフロントタイヤだ。そのためエアロダイナミスト達は、バージボードやフロアへの悪影響を防ぐべく、前輪のウェイクをマシンの側方へと追いやろうとする。これがいわゆるアウトウォッシュというやつだ。

主なエアロパーツの役割・効果

F1マシンには様々な空力デバイスが装着されている。これらは複雑に干渉し合い、マシンの空力特性・パフォーマンスを規定する。

フロントウイングやリアウイングなど、チームはサーキットの特性に応じて都度、マシンの空力セッティングを変更する。シーズンを通して定期的にアップデートが投入されるため、クルマは時を経る毎にその姿を変えていく。

F1マシンの主要パーツ

フロントウイング

Courtesy Of Ferrari S.p.A.

スクーデリア・フェラーリの2021年型F1マシン「SF21」 フロントウイング細部

車体の最も前方に位置するフロントウイングの役割は、それ単体でダウンフォースを発生させる事は勿論だが、それより後方にあるバージボードやリアウイングなど、全てのエアロパーツに影響を与えるという点で非常に重要だ。

フロントウイングは大きく分けて、メインプレーンと呼ばれる主翼と数枚のフラップ(可動翼)で構成されている。

メインプレーンはフロント側のダウンフォースの大部分を生み出す部分で、その角度は固定されているが、フラップはドライバーを使って角度調整できるよう作られており、ダウンフォースレベルを変更する事ができる。

バージボード

Courtesy Of Aston Martin Lagonda Limited

2021年型アストンマーチンF1マシン「AMR21」スタジオショット細部-バージボード

コックピットの側面、サイドポッド前方に位置するバージボードは、フロントウイングから流れてきた気流を制御する役割を担う。その目的は以下の3つだ。

  • サイドポッド周りへと向かう空気の整流
  • フロア下へと向かう空気の整流
  • フロア下と周囲、各々の気流を遮断するボルテックス・シールを発生させる

いずれもグランドエフェクト、平たく言えばフロアと路面との間の負圧によって生まれるダウンフォースの生成効率を上げる事を狙っている。

フロアとリア・ディフューザー

copyright TOYOTA MOTOR CORPORATION

TOYOTA GAZOO Racing 2019年シーズンのWRCマシンのリアディフューザー

アンダーフロアでダウンフォースを生み出すためには、フロア下に高速のクリーンエアーを送り込むだけでなく、車体の最終端に位置するディフューザーから勢い良くこれを吸い出す必要がある。

そのためには、マシンの脇からフロア下に流れ込む空気を出来るだけ遮断する必要があるが、物理的なパーツで壁を設けてマシンの下部にトンネル構造を作る手法は現在禁止されているため、空気の渦による壁(ボルテックス・シール)を作り出して密閉性を高めている。

ディフューザーの役割はフロア下から車体後方へと抜け出る気流を加速させ、気圧をより低下させる事でダウンフォース量を増加させる点にある。

なお、フロアとディフューザーによって生み出されるダウンフォース量はマシン全体で生成される量の半分を超えるとされる。

フロア下の流速を速めるには、レーキ角を大きくする事も有効だ。

リア側の車高を持ち上げるようにして傾斜角を大きくすると、フロントと路面とが接近する。流体の流れる断面積を小さくして流速を増加させ負圧を発生させるという、いわゆるベンチュリー効果を利用するわけだ。

copyright Formula1 Data

レーキ角が大きいレッドブル、レーキ角が小さいメルセデス

リアウイング

Courtesy Of Red Bull Content Pool

レッドブル・ホンダRB16のリアウイング

リアウイングの主な役割はダウンフォースを発生させる点にある。ウイングの角度はコース毎に変更され、ダウンフォースが重要でないモンツァなどの高速サーキットでは地面に対してほぼ水平なものが、ダウンフォースが重要なサーキットでは90度近くにまで立てたものが持ち込まれる。

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