ホンダ、F1最終年に過去最大の構造変更…”熊製メッキ”含む全社総力で生み出されたパワーユニット

2019年型ホンダF1パワーユニット「RA619H」の細部Courtesy Of Honda Motor Co., Ltd

シーズン開幕を前に「今季グリッドのベストエンジン」との評価を受けたホンダ製F1パワーユニット「RA621H」は、悲願のチャンピオンシップ制覇に向けてライバルに優位性を築いている。

飛躍を遂げた開発の舞台裏を、本田技術研究所HRD Sakuraセンター長としてPU開発部門を率いる浅木泰昭が明かした。

Courtesy Of Red Bull Content Pool

2021年2月23日、シルバーストン・サーキットでレッドブル・ホンダRB15をドライブするセルジオ・ペレス

バーレーンでの開幕戦では後続に大差のポールポジションを獲得。レースではパワーが制限されてしまい、チームとしての総合力と王者としての底意地を発揮したメルセデスに僅差の2位に甘んじたが、第2戦イモラではレッドブルのマックス・フェルスタッペンが今季初優勝を飾り、RA621Hと英国ミルトンキーンズが手掛けたシャシー「RB16B」の競争力の高さを証明した。

同じくRA621Hの供給を受けるスクーデリア・アルファタウリの活躍も目覚ましい。歯車が噛み合わず、そのリザルトにポテンシャルが示されているとは言い難いが、ピエール・ガスリーは2戦連続で予選TOP5に食い込み、ルーキーの角田裕毅もレースで大きくポジションを挙げる戦いを展開している。

ホンダは今季末の撤退を前に、一旦は2022年に導入が延期された新型PUを2021年に投入すべく、浅木泰昭PU開発責任者が八郷隆弘社長の元に直談判。直々の了承を得て、急ピッチで開発を進める事になったが、HRD-Sakuraのエンジニア達に許された猶予は僅か6ヶ月だった。

ホンダの技術力と開発速度を以てすれば細部の最適化程度であれば大きな問題とはならないだろうが、この最新スペックは構造をゼロから見直した完全に新しいパワーユニットだった。

copyright Honda

ホンダ製F1パワーユニット「RA617H」

2015年の参戦以来、これまでに最大の変更が加えられたのは2017年のマクラーレン時代だった。当時プロジェクトを率いていた長谷川祐介総責任者の指示の元、ホンダは”サイズゼロ”コンセプトを捨て去り、Vバンク内に収められていたターボとコンプレッサーを分離して同軸上にMGU-Hを配するという大仕事をやってのけたが、今回の変更はこれを大きく上回るものだという。

RA621Hの開発目標は燃焼効率の向上に設定された。これにはバルブ角の変更が欠かせないが、そのためにはカムシャフトの変更が必要だ。浅木泰昭責任者は「始めにカムシャフトのレイアウトを変更しました。これによって大幅なコンパクト化を図りました。また地面に近づけて低く配置しました」と説明する。

「更にヘッドカバーも低くコンパクトに変更して、上部気流の改善と合わせてエンジン(ICE)の低重心化を図りました。このほかボアピッチ(気筒の間隔)も変更しています。間隔を狭くすることでエンジンの全長を短くしてサイズダウンを達成しました」

「従来のエンジンはトランスミッションと組み合わせる関係上、バンクオフセットを設けて左バンクが右バンクより僅かに前方へずれる形でしたが、新エンジンではこれを逆にして、右バンクを前に、左バンクを後ろにしています」

現行の1.6リッターV6ターボは2つの回生システムを備えるハイブリッドエンジンだ。燃焼効率の改善は回生可能なエネルギー量の減少を意味する。ホンダはこれをどうカバーしたのか?

「物理法則を考えれば、貯めておけるエネルギー量の変化は排気エネルギーの減少につながります」と浅木泰昭責任者は指摘する。

「従って、クランクシャフトの出力を増加させるとともに、排気のエネルギーや温度を適正な状態にしなければなりませんでした」

「メルセデスと戦うために必要なものは全て実装できたと思います」

Courtesy Of Red Bull Content Pool

2021年4月18日、F1エミリア・ロマーニャGP決勝1周目にホイール・トゥ・ホイールのバトルを繰り広げるメルセデスのルイス・ハミルトンとレッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペン

新たなアーキテクチャを持つPUを最大限に活かすために、ホンダはレッドブル・テクノロジーと緊密に連携しながらPU開発を進めてきた。低重心・コンパクト化されたRA621Hはチームに対して空力的アドバンテージを与えている。

開発にはF1プロジェクトが持つノウハウと経験だけでなく、航空機エンジン開発部門をはじめとする”オールホンダ”の総力が結集されている。RA621Hに関して、新たにどういった知見が投じられたのかについての詳細は明かされなかったが、浅木泰昭責任者は一例として2020年導入の”熊製メッキ”を挙げた。

「シリンダースリーブのメッキ加工には熊本製作所の技術が導入されています。これは”熊製メッキ”と呼ばれています。熊本製作所はバイクの生産工場ですが、ホンダでは二輪と四輪の生産技術で多くの協力関係があるのです」

浅木泰昭責任者が言う「とんでもない目標を掲げたチャレンジ」は、2戦を終えて今のところ大きな成功を収めているように見える。だが、打ち負かすべき相手は2014年からのハイブリッド時代で無敵を誇るメルセデスだ。

最終年でのワールドチャンピオン獲得という鳥肌もののフィナーレは叶うだろうか? ホンダに残されたのはあと21戦。表に見えぬ技術者達の努力は最後まで続けられる。

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