メルセデス、全面刷新された最新型F1エンジン「M11」…その性能は? 唯一の弱点は克服されたのか?
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メルセデスAMGハイパフォーマンス・パワートレインズ(HPP)が手掛けた最新型F1パワーユニット「Mercedes-AMG F1 M11 EQ Performance」が、新車「W11」と合わせて2月14日に発表された。ダブルタイトル6連覇の大きな原動力となってきたメルセデス製PU。シルバーアローは今年、7冠を達成してハイブリッド時代完全制覇の称号を手にすることになるのだろうか?
シルバーストン・サーキットを走行するMercedes F1 W11
自己批判の開発哲学…エンジンの改善=車体の改善
パワーユニット開発に関するテクニカルレギュレーションは、現行世代の1.6リッターV6ハイブリッド・ターボエンジンが導入された2014年以降、大きく書き換えられる事なく安定している。それはすなわち、シーズンを経る毎に性能追求のハードルが上がる事を意味するわけだが、M11 EQ Performanceは先代を乗り越え、更に大きな進化を遂げようとしている。
過去6年間に渡って、メルセデスのパワーユニットは出力や信頼性のみならず、効率の面でも大きな進歩を遂げた。熱効率はエンジン性能を表す指標の一つで、燃料が持つエネルギーを如何に損失なく利用できるかをパーセンテージで表現するが、メルセデスは2014年から現在までに熱効率を約44%から50%以上にまで向上させた。
50%という数値は、燃料が持つエネルギーの半分以上を、実際にクルマを推進させる事に利用できることを意味する。一般的なロードカーのエンジンは約30%程度に留まるとされ、F1パワーユニットはこれまでに人類が生み出した内燃機関の中で最も効率の良いエンジンの一つとみなされている。
人類は50年以上の歳月をかけて6%の効率化を果たしたが、メルセデスはこれを僅か6年で達成してみせたのだ。
アンディ・コーウェル
HPPのマネージングディレクターを務めるアンディ・コーウェルは、今季型「M11」の開発について「これまで以上に様々な領域を対象として開発しなければならず、燃焼効率、駆動システム、PUの補助システムなど、あらゆる側面を見直した」と述べた上で、エンジンの性能を改善させることは、ひいてはシャシーパフォーマンスの増強に繋がるのだと説明する。
「我々はこれまでに、膨大な数のプロジェクトに取り組んできた。それらプロジェクトの成果が集積する事で、クルマを速く走らせる事が可能となり、また、エアロダイナミクス部門のメンバーに対して、改善のチャンスを与えることが出来るようになるのだ」
「完璧などというものは存在しない。改善のチャンスは常にある。チーム内の誰もがそういうマインドセットを持っている。材料、ハードウェア、デザインツールなど、我々は細部に至るまで常に改良を重ねてきた。改善の余地があることを知っているからだ。偏見を持たず、自己批判的であること。それが我々のマインドセットの核心だ」
「PUエンジニアに求められているのは、クランクシャフトのパワーだけに注力するのではなく、パッケージング全体を考慮して、エアロダイナミクス部門の連中の負担を軽減するも考えなければならない。そうすることで彼らは、より高いコーナリング性能を突き詰める事に時間が使えるようになるのだから」
冷却という名のアキレス腱
ホンダ製F1パワーユニットを搭載したレッドブル「RB15」が空気密度の薄い高地で他を圧倒するパフォーマンスを発揮した一方、メルセデスの昨季型「W10」はシーズン序盤から度々冷却に問題を抱え、オーバーヒートのためにエンジン出力を落としてのレースを強いられた。特に、マックス・フェルスタッペンが優勝を飾ったオーストリアやメキシコで顕著だった。
原因はパッケージングにあった。空力効率を追い求めるあまりに、十分な大きさのラジエーターを積めるスペースがなかったのだ。対処のためにマシンの開口部を拡大したり、リフト・アンド・コーストを多用する事で凌ごうとしたが、ライバルに対抗する事は出来なかった。唯一の弱点と言ってもよいクーリング上の課題は解決出来たのだろうか?
© Getty Images / Red Bull Content Pool、オーストリアでは3位表彰台が精一杯だったメルセデス
メルセデスは弱点克服のために、車体を手掛けるブラックリーとPUを担当するブリックスワースの双方が共同で冷却パッケージの改良に取り組んだ。ラジエーターを大型化しただけではない。エンジンがより高い温度域でも機能するよう改善させ、その結果として冷却効率を向上させるというアプローチを採用した。
「昨年のオーストリアでは、通常より4度ほど高い水温でもPUが耐えられる事を証明できたが、チームにとっては非常に厳しい週末だった。それ以来我々は、冷却に関する問題に取り組み続けてきた。シャシー側の冷却システムで冷却する必要のある熱量自体を抑えようとしてきたわけだ」とアンディ・コーウェルは説明する。
「今年に向けては、より高い温度域でもパワーユニットの冷却系が機能するように、PU側でも懸命に努力を重ねてきた。高温でも作動するということは、クーラントと周囲との温度差が増加するという事であり、ひいては冷却システムの効率の向上に繋がる」
一見、順風満帆なようだが、このアプローチにも課題がある。それは耐久性だ。今季も3基のICEで22戦というシーズンを戦う必要がある。単純計算で1基あたり7.3レース。プラクティス走行で必要となるマイレージを加算すると、それ以上の距離をノートラブルで走り切る必要があるのだ。アンディ・コーウェルはその難しさを次のように説明する。
「エンジンの大部分はアルミニウムで製造されている。我々がオペレートしている温度域だと、アルミの材料特性が急速に劣化してしまうんだ。これは非常に難しい課題だ。エンジン1基で8レース超の距離をまかなう必要があるが、このサイクルを管理するのはエンジニアリング的に凄く難しい。だが目指すのはそこだ」
フォーミュラEからのフィードバック
© Daimler AG、フォーミュラEマシン「メルセデスベンツEQシルバーアロー01」の実写画像
メルセデスは今シーズンより、F1で培ったパワーユニット開発のノウハウを活かし、フォーミュラE選手権へのワークス参戦を果たした。アンディ・コーウェルは「M11」の開発に際して、フォーミュラEからのフィードバックがあった事を認める。
「フォーミュラEは、電気を唯一の動力源とする魅力的なチャンピオンシップだ。発電機やインバーター、そしてあらゆる制御システムの効率性が最も重要で、トルク精度が決定的な意味合いを持つ事になる。そんなフォーミュラEの開発で得られたノウハウの一部はF1にフィードバックされているため、F1のハイブリッドシステムは今年のメルボルンからその恩恵を受ける事になる」
「それだけではない。フォーミュラE側から得られた学びを元にして、製造上の改善を行った。我々マニュファクチャラーは独自の発電機を製造しており、フォーミュラE用に開発された技術の一部は、フォーミュラ1に還元されている。これは本当にエキサイティングなことだ。過去に我々は、Project One(F1マシンのPUを移植したメルセデスのロードカー)の開発からF1へのフィードバックを得たものだが、今ではフォーミュラEのエンジニアリングと製造技術がF1にフィードバックされている」
昨シーズンはマラネロが開発したフェラーリ製パワーユニットが台風の目となったが、アメリカGPで勃発した燃料流用不正疑惑以降、その圧倒的なパフォーマンスは影を潜めた。注目の今季。日本のPUサプライヤーが過去のバッシングを乗り越え下剋上を果たすのか、はたまた弱点を克服し、フォーミュラEの知見を吸収した絶対王者が更なる高みに達するのか? 2020年シーズンはF1史に残る激動のチャンピオンシップとなり得る。