安全性や効果に疑問の声も…F1、メルセデスの「DAS」含む類似ステアリングを2021年より禁止
Published:
F1バルセロナテストでは、従来の機構に対して新しく第2の軸を加えたDAS=デュアル・アクシス・ステアリング(2軸ステアリング)がホットな話題となっているが、統括団体の国際自動車連盟(FIA)は2021年以降、この手のシステムを禁止する方針を示した。
注目のステアリング機構”DAS”とは何か?
そもそも「DAS」(読み方:ダス)とはどのようなシステムなのだろうか?
テスト2日目のメルセデスW11のオンボード映像から発覚したこの革新的なシステムは、ステアリングを前後に動かすことによって、走行中に前輪のトー角を調整する。明らかとなっていないだけで、他にも何某かの働きがある可能性もある。F1界が誇る天才デザイナー、エイドリアン・ニューウェイは「何か隠れた空力学的な理由があるに違いない」と話している。
開発元のメルセデスはDASの目的と効果を明らかにしていないものの、”トーイン”及び”トーアウト”の良いとこ取りを目指す事が一つと考えられている。コーナーやストレート等、目の前のコース状況に合わせて最適なアライメントを実現しようというわけだ。
なお映像からは、ドライバーがコーナーへのアプローチ直前にステアリングを前方へと押し、ストレートに入ると引き戻す様子が記録されている。
トー角とF1マシン
トー角とは、クルマを真上から見下ろした場合の”タイヤと車軸との角度”の事で、普通車の場合は一般にトー角が0度(クルマの進行方向とタイヤが並行)に設定されている。
一方のF1マシンは基本的に前輪が「トーアウト」、つまりクルマの進行方向に対してタイヤの前方側が数ミリほどアウト側を向いている。これにはコーナーリング時の安定性を確保する狙いがある。
ただし、タイヤトレッドの外側端の部分が他の部分と比べて熱が加わりやすい状態となるため、トーアウトはタイヤマネジメント的には好ましいとは言えず、また、ストレートを走行する際には抵抗値が増えるなどデメリットもある。
DASはこれらの特性を状況に合わせて上手く組み合わせる事で、ラップタイムの最大化を目指すものとみられる。
効果の程は?疑問を呈する専門家
上手く機能すればトップスピードを稼いだり、タイヤの温度をより適切に制御してタイヤマネジメントを有利に運ぶ事が可能になるとみられているが、フェラーリのセバスチャン・ベッテルはDASが合法だと考える一方で、それが実際に効果的なのかどうかについては疑問視している。
「個人的な見解だけど、メルセデスが実際にそれを稼働させてるわけだから合法なんだろうね」とベッテルは語る。「本当のところがどうかは分からないけどさ。というか、あれはステアリングホイールじゃなくてプッシュホイールというかプルホイールだよね!」
「効果があるのかどうかは分からない。あれを実用化するにはかなりの作業が必要だろうし、あれを上手く扱えるドライバーを探すのも大変だろうね。いずれは分かる事だけど。でもまぁ、僕らにとって目新しいものである事は確かだ」
独AMuSがピレリのマリオ・イゾラの話として伝えたところによると、ストレートを走行中にトー角を0度(進行方向とタイヤの方向が平行)にした場合、前輪タイヤの温度が5度下がるという。これはつまり、その先にあるコーナーに対してグリップが低下した状態でアプローチしなければならない事を意味しており、大きなデメリットになりうる。
DASの使用によって本当にラップタイムが向上するのか、レース戦略上のアドバンテージが得られるのか、そして何を目的としたものなのかについては専門家の中でも見解が分かれている。
合法か違法か…FIAは2021年より禁止
レッドブルのヘルムート・マルコはアクティブサスペンション禁止のルールに触れ、DASの使用によって車高が変化することは疑いなく違法だと主張しているが、DASは油圧的に動作している可能性があり、電子的な制御でない以上はこれに該当しないとみられる。
アクティブサスペンションはライドハイト=走行中の車高を一定に保つことで、アンダーフロアが生成するダウンフォース量の最大化を目指すものだが、開発コストが非常に高額で、チーム資本の大小が競争力の序列に直結する状況を生み出したため、1993年を最後に禁止される事となった。
レッドブルが目を細める一方で、メルセデスのテクニカル・ディレクターを務めるジェームス・アリソンは「FIAはこのシステムを承知している」と述べ、統括団体のお墨付きを得ておりDASは完全な適法だとしている。
ベッテルが指摘する通りの理由で、恐らくDASは合法と言えだろう。王者メルセデスがシャシー再設計のリスクを負ってまでこのシステムをW11に搭載する理由は見当たらず、FIAとの間で100%の確約を取っている事に疑いはない。だが、使用が許されるのは今季限りとなりそうだ。
2021年に施行が予定されているF1のテクニカルレギュレーション第10条5項1では「ステアリングを回転させるという行為によってのみ操舵輪の角度を変える事が許される」と定めており、FIAのレースディレクターを務めるミハエル・マシはDASの存在が明らかとなった翌日の21日(金)に、当該ルールの存在を確認した。つまり、今季は使用が許されるが来季は禁止ということだ。
なお、走行中に”余計”なステアリング操作が発生するのは安全上のリスクではとの声も上がっているが、F1はつい数年前までFダクトシステムを手動で稼働していた経緯があり、また、DASにはクラッシュなどの衝撃を感知すると自動でステアリングが押し込まれるセーフティー機構が組み込まれている事もあり、FIAはその危険性を除外しているようだ。
フェラーリやレッドブル・ホンダらトップチームに関してはDASに追従する可能性がないではないが、小規模資本で運営されるミッドフィールダーにとっては効果が定かでない上に開発コストが高いとみられる事から、DASがフィールド全体のトレンドとなる可能性は低いように思われる。