激化するF1予算上限論争…引き上げなければ選手権が裁判で決定しかねない、と警告するレッドブルと反対派の言い分
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2022年シーズンに科せられた1億4,000万ドル(約179億円)の予算上限を巡り、引き上げ賛成派と反対派が対立を深める中、レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表は何も手立てを打たなければチャンピオンシップが裁判所の中で決定しかねないと警告した。
需給不均衡とコロナパンデミック下における各国の財政支援策が発端となり、ただでさえ世界的なインフレが進行していた中、ロシアによるウクライナ侵攻がこれに拍車をかけた。程度の差こそあれ、半数以上のF1チームが高騰するコストに喘いでいる。
”軽度予算違反”を凌ぐインフレ率
インフレを勘案して上限を引き上げるべきだと訴えているのは、莫大な資金を持つレッドブルやフェラーリ、メルセデスだけではない。賛成派にはアストンマーチンやアルファタウリ、マクラーレンも含まれる。
予算上限に違反した場合は、コンストラクター・ポイントの剥奪やドライバーズ・ポイントの減点、出場停止、空力テスト制限や予算上限の引き下げなど、厳しい制裁が科される可能性があるのだが、一言で「違反」と言っても実は超過の程度によって2段階に分けられている。
基準となるのは5%という数字で、超過が「5%未満」か「5%以上」かで線引されており、「5%未満」の違反は「マイナー・オーバースペンド・ブリーチ(軽度予算違反)」と定義されている。
国際通貨基金(IMF)が4月に発表した見通しによると、2022年の世界的なインフレ率は7.4%に達する見通しで、単純化して言えば上限を下回るレベルで予算計画を立てていたとしても「軽度予算違反」を軽くオーバーしてしまう程にインフレが深刻だと言う事だ。
実際、フェラーリのマッティア・ビノット代表は第7戦モナコGPの土曜会見の中で「我々が制限以内に留まるための方法は何もない。ある時点で超過するのは確実だ」と述べると共に「従業員の解雇という選択も正しいとは思えない」と指摘した。
また、メルセデスのエンジニアリング・ディレクターを務めるアンドリュー・ショブリンは、インフレに伴う予算の逼迫は既に克服不可能な水準に達していると訴え「我々のチームが直面している課題は我々固有のものではなく、おそらく大多数に当てはまるものだと思う」と付け加えた。
選手権が裁判で決定しかねない、とレッドブル
ライバルが財務規則を遵守していないと判断した場合、各チームにはコストキャップ管理局に報告書を提出する事が許されている。事案はコストキャップ裁定委員会で裁かれるが、決定に不服の場合はFIA国際控訴審判所(ICA)に持ち込む事ができる。
チャンピオンシップ・ポイントの剥奪を含めた厳しい制裁が科されるルールであるため、潜在的に6チームが財務規定に違反する状況を放置すれば、ライバルを貶めようとシーズン終了後に裁判が多発しかねないのは確かだ。
ホーナーは「シーズン終了後に『あいつは我々より100万ドル多く使った』などと、パリの裁判所に駆け込むような事態は誰も望んでいないはずだ」と述べ、国際自動車連盟(FIA)に主導的な役割を果たすよう促した。
実は「軽度予算違反」に関する罰則内容は不透明で、全ては審理を行うコストキャップ裁定委員会に委ねられている。つまり2%の超過の場合と4%の超過の場合で罰則内容がどう変わるのかを知る者はおらず、この部分もチャンピオンシップ争いの不毛な火種となる可能性がある。
ホーナーは「このままでは、奴らが4.9%オーバーなら、こっちは4.7%オーバーにしようか? といったチキンゲームになってしまう」と語る。
「そうなれば、1つのアップグレードがチャンピオンシップを決定づける要因になってしまうかもしれない」
「我々が必要としているのは明確化でありそれを急ぐ事にある。影響とは無関係と思われるチームから賠償金を要求される事態は単純に正しい事ではなく、予算上限ルールの設立目的に反する」
「今年後半のインフレがどうなるのかさえ分からない状況だ。我々は誰もが生活費、物価上昇、光熱費の高騰を目の当たりにしている。半年後にはどうなっているのだろうか?」
「シーズンも半ばに近づいており、打てる手が限られてきているから、FIAには早期の対応をお願いしたい」
「我々は従業員に対しても責任がある。今のインフレが起こる前の昨年に我々は、予算上限に抑えるために組織の再編成を行い、多くの長年の従業員に対して解雇という形で別れを告げなければならなかったが、このスポーツに大量解雇という圧力をかけるのは正しい事だとは思えない」
「だから良識が通用することを願っている。これは不可抗力の事態なんだ。明らかに、我々の誰も予見できなかった状況が、こうしたコストの上昇を招いたんだ。現実的に言って、常識的な解決策が必要だ」
インフレは予想できた事態、と反対派
こうした引き上げ推進派の意見に対して反対派の一角、アルピーヌのオトマー・サフナウアー代表は、今年のインフレは昨年末の時点で既に予期できた事だとして、見立てが甘かっただけだと指摘する。
「殆のチームは11月から12月にかけて翌年の予算を立てるが、それは我々も同じだ。当時のインフレ率はすでに7%以上だったし、イギリス国内のRPI(小売物価指数)は7.1〜7.2%だった」
「我々はそれを考慮して予算を組み、開発計画を立てた。予想よりは少し高くなってはいるが、まだその範囲内に収まっている」
「意志があれば方法はある。予算上限を決めたのは我々自身なのだから、それを守るべきだ」
またアルファロメオのフレデリック・バスール代表は「エネルギーや輸送費が高騰した場合の最善の解決策は、風洞のスイッチを切り、毎週末のアップデートを停止することだ」と牽制した。
「シーズンを通してマシンを開発し続けるのか、それとも4レースを欠場するか、あるいはペースを落としてフルシーズンを戦うのかは、各チームの次第だ」