【F1】グリッドガール禁止を正式決定「F1のブランド価値にそぐわない」18年開幕オーストラリアGPから
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1月31日、フォーミュラ1は2018年FIA F1世界選手権シーズンの開幕を皮切りに、長年に渡って慣例となってきたグリッドガール禁止を正式に決定した。これは、F1だけでなくグランプリ週末に行われる他のサポートレースにも適用される。
グリッドガールとは、スポンサーのロゴが入った衣装を身にまとい、企業プロモーション等を担う女性モデルの事を指す。F1では、マシンの並ぶグリッド上で、パラソルやドライバーの名前の入ったボードを持ち、レースや企業をPRする手助けをしたり、表彰台へ向かう途中の廊下に並びドライバーを迎える等の仕事を行ってきた。
廃止理由と代替案
グリッドガールの廃止に伴いF1は、レース開始前のグリッドを一種のセレモニーの場として活用することを検討している。著名ゲストやパフォーマーを活用する他、プロモーターやパートナー企業が自国文化や製品・サービスなどをプロモーションする場としたい意向だ。
廃止の理由について、F1の商業面を管理監督するショーン・ブラッチズは、長年に渡って盲目的に続いてきたグリッドガールという慣例は、リバティー・メディアが考えるF1のブランド価値にそぐわないと述べた。
「この偉大なスポーツに対する我々のビジョンに適合するかどうかという視点で、我々は昨年の間改善すべきエリアを検討・模索してきました。グリッドガールを使ったある種の習慣は、数十年に渡ってF1グランプリの定番となってきましたが、これは我々のブランド価値に共鳴するものではなく、現代の社会規範を鑑みれば完全に矛盾していると感じています」
「我々はこの慣例は適切ではなく、また、F1や世界中の新旧F1ファンにとって何らの関係もないものだと考えています」
“グリッドボーイ”ではなく”グリッドガール”である事から明らかなように、F1や他の多くのモータースポーツは男性主導の世界だ。この習慣はジェンダー・ステレオタイプ、すなわち「女性はかくあるべきという男性目線での思い込み」の産物と見なされかねず、女性の社会進出が叫ばれる昨今の潮流に逆行するとの批判も少なくない。
F1に先行すること3年前の2015年、自動車耐久レースの世界最高峰「WEC」では、ジェラルド・ネーヴCEOがグリッドガール廃止を決定。F1での廃止は時間の問題であったとも言える。
男女平等なる概念の興味深い点は、ほとんどの場合「女性への性差別をやめろ」という大義の名のもとに引っ張り出されるものの、しばしば女性差別は男性差別と同義である点にある。見方を変えれば、グリッドガールという風習はグリッドボーイの存在を許さなかった男性差別の歴史でもある。
仮に「グリッドガール」ではなく「グリッドパーソン」システムであれば、容姿端麗な多くの男性たちが綺羅びやかな舞台に立ち、国際放送に映る職を手に入れた事だろう。グリッドガールという存在は、多くの男性の機会損失を生み出してきたとも言えるのだ。
もう一つの矛盾…女性ドライバー不在の”慣例”
ラッチズが廃止の理由として挙げた「現代の社会規範を鑑みれば完全に矛盾」という観点で言えば、92年のジョバンナ・アマティ(イタリア)以降、F1に女性F1ドライバーがいない事もまた、現代の社会情勢に”そぐわない”とも言える。決勝レース出走という点でみれば、76年のレラ・ロンバルディ(イタリア)まで遡る必要がある。
2015年当時、ウィリアムズのテストドライバーを務めていたスージー・ウォルフは、負傷したバルテリ・ボッタスに代わりF1デビューの切符を手に入れたかに思われた。素質、経験、速さ共に、参戦に足るだけの素地があったにも関わらず、チームはエイドリアン・スーティルを緊急雇用しボッタスの代役とした。
これに関連し、当時F1の陣頭指揮を取っていたバーニー・エクレストンは、速さのある女性ドライバーが現れたとしても真剣に起用を検討するチームはいないだろう、との見解を示した。速さが足らず走る事が出来ないのであればやむを得ないが、そうではない理由によって女性ドライバーの活躍が阻害されているのだとすれば、それもまた「F1のブランド価値」にそぐわないだろう。
2018年シーズンのF1世界世界選手権は、3月25日のオーストラリアGPで開幕する。舞台となるのはアルバート・パーク・サーキット。そこにはもう、長年見慣れたグリッドは存在しない。