「ハマータイム」で締め括られた伝説―ハミルトンとメルセデスの別れ、12年間の黄金時代に幕

メルセデスのF1マシンとの別れを惜しむルイス・ハミルトン、2024年12月8日F1アブダビGP決勝レース(ヤス・マリーナ・サーキット)Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.

F1史上最も成功したドライバーとチームのパートナーシップが、アブダビGPのフィニッシュラインで終わりを迎えた。12シーズンにわたり、246戦で84勝を挙げ、6度のドライバーズ選手権を制覇したルイス・ハミルトンとメルセデスの黄金時代に幕が下りた。

レース後、ヤス・マリーナ・サーキットのメインストレートに停められたメルセデスW15のそばで、ハミルトンはヘルメット越しに頭を垂れ、感慨に浸っていた。その姿には、彼の12年間の軌跡と別れの重みが表れていた。

最後の瞬間なんだなと思って

一体、何を思っていたのか? その瞬間の心情を問われたハミルトンは、慎重に言葉を選びながらこう答えた。

「正直、あまり覚えていないんだ。ぼんやりしてしまってね。でも、…多分、これがメルセデスに乗る最後の瞬間なんだなと思って、だから…その瞬間をただただ、楽しもうとしたんだ」

「もちろん、レースを通してずっとクルマに乗ってはいたけど、レース中はやらなきゃならないことがたくさんあるから。だから…、しっかりと心に刻みたかったんだ。だって、もうこれは歴史になってしまったんだから」

ハミルトンにとって、メルセデスとの旅路はキャリアそのものだった。彼は振り返りながらそう語る。

「僕のキャリアはずっと、メルセデスと共にあった。成し遂げてきた全ての成功がそこにある。そのことをじっくり考えながら、これまでの旅路がどれほど素晴らしかったかを噛みしめたんだ」

Courtesy Of Mercedes

F1メキシコGP決勝レースを終えてルイス・ハミルトンの5度目のタイトル獲得を祝福するセバスチャン・ベッテル

チェッカーフラッグを受けた後、ハミルトンは「最後」であることが何たるかをようやく実感し始めた。

「今週、クルマに乗り込むたびに『これが最後なんだ』ってことを意識していた。そのことが本当に、本当に実感として分かってしまって、離れるのが本当に辛かった」とハミルトンは語る。

「だからクルマを止めた時、この瞬間を兎に角、受け入れて肌で感じたいって思ったんだ。これがメルセデスに乗って、メルセデスを背負って立つ最後の時だったから」

「それは僕の人生で最大の栄誉だった。跪いたのは、心折れることなく奮い立たせ続けてくれた自分の精神、そして、このクルマを動かし、作り上げてくれたすべての人たちに感謝を捧げるためだった。みんなを誇りに思う」

Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.

メルセデスでのラストレース用に用意されたルイス・ハミルトンのスペシャルヘルメットの後頭部部分に書かれたドイツ語の「Danke(ありがとう)」のメッセージ、2024年12月7日F1アブダビGP予選

最終レースでのドラマチックな締め括り

シルバーアローで挑んだラストレースでハミルトンは、16番手スタートから4位フィニッシュを果たす圧巻の追い上げを見せた。レース後にはドーナツターンを披露し、観衆に別れの挨拶を送った。

フェラーリへの移籍を決断したのは2024年シーズンが始まる前のことだった。

メルセデスとハミルトンは、互いに別れの時が来ることを知りながらも、24戦を戦い抜いた。この事実はハミルトンにとって大きな重圧となっていた。彼はメルセデスでの最後のシーズンを、ドライバーズランキング7位という、自身の18年にわたるキャリアで最も低い順位で終えた。

「今シーズンは本当に激動の1年だった。多分、人生で最も長く感じた1年だったと思う」とハミルトンは語る。

「最初から離れることが分かっていたからね。それは例えるなら、相手が誰であれ別れを告げたのに、1年間一緒に暮らし続けているような関係だ。何度も感情の波に揉まれたけど、良い形で締め括ることができた」

Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.

ヤス・マリーナ・サーキットでメルセデスでの最後のドーナツターンを噛みしめるルイス・ハミルトン、2024年12月8日(日) F1アブダビGP決勝レース

伝説のフレーズ「ハマータイム」での逆転劇

最後の一戦は、長年のレースエンジニアで親友でもある「ボノ」ことピーター・ボニントンとハミルトンとの絆が象徴的な形で表れた。新品のミディアムタイヤを履いて7番手でコースに復帰した際、ボニントンは無線でこう伝えた。

「ルイス、ハマータイムだ!」

この合図でスイッチが入ったハミルトンは、ニコ・ヒュルケンベルグ(ハース)とピエール・ガスリー(アルピーヌ)を次々と抜き去り、最終ラップのターン9でチームメイトのジョージ・ラッセルをもかわしてみせた。この逆転劇は、3年前にマックス・フェルスタッペンに8度目のタイトルを阻まれたのと同じコーナーでの出来事だった。

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表彰台に立つレースエンジニアのピーター・ボニントンとルイス・ハミルトン(メルセデス)、ランド・ノリス(マクラーレン)、2024年7月7日F1イギリスGP決勝レース(シルバーストン・サーキット)

「これを聞くのはこれが最後なんだなって思った。その瞬間、これまでの旅が本当に終わるんだって感じたよ」とハミルトンは感慨深げに語る。

「ハマータイムは彼と仕事を始めた最初の年に、僕がボノにお願いしたフレーズなんだ。速く走れと言われるよりも、これを聞けば何をすればいいか分かるからってね」

「ボノとはジェットコースターのような日々を共にしてきた。彼は長年に渡る僕にとって最も親しい友人の一人だ。こんなことになるなんて思ってもみなかった」

「彼はシューマッハを含めて、偉大なドライバーたちと組んで仕事をしてきた人でね。時にイライラしたり、辛かったりしたこともあったけど、彼はいつだって僕を支え続けてくれた」

旅の終わり、そして新たな挑戦へ

チェッカーフラッグが振られ、花火が夜空を彩る中、ハミルトンはメルセデスでの最後のラップを味わいながらフィニッシュラインを越えた。

バイザーの隙間から差し込まれた手は、目頭を抑えるためだったのだろうか。クールダウンラップでの無線には、ボニントンやトト・ウォルフ代表の感極まった言葉が響き渡り、その瞬間が持つ重みを象徴していた。

「信じられない旅だった」とハミルトンは語る。「この決断を下したことで歴史の一部になれたことを誇りに思う」

12年間にわたるハミルトンとメルセデスの輝かしい旅はこうして幕を閉じた。ハミルトンは2025年からフェラーリでの新たな挑戦に挑む。

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シーズン閉幕を前に記念撮影に臨むメルセデスのチームメンバーとルイス・ハミルトン、ジョージ・ラッセル、2024年12月5日 F1アブダビGP(ヤス・マリーナ・サーキット)

Courtesy Of Mercedes-Benz Grand Prix Ltd.

ジョージ・ラッセルがルイス・ハミルトンとの最後のレースのために用意したスペシャルヘルメット、2024年12月5日 F1アブダビGP(ヤス・マリーナ・サーキット)


2024年F1最終第24戦アブダビGPでは、ランド・ノリス(マクラーレン)がポール・トゥ・ウインを飾り、マクラーレンに26年ぶりのコンストラクターズ選手権をもたらした。

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