デイビッド・クルサード
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デイヴィッド・クルサード

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人物データ

名前 デイヴィッド・クルサード / David Marshall Coulthard
国籍 イギリス
出身地 スコットランド/トゥインホルム
ニックネーム DC
生年月日 1971年03月27日 / 53歳
身長 182cm
体重 74kg
F1デビュー 1994年
WEBサイト www.davidcoulthard.co.uk
SNS

デイヴィッド・マーシャル・クルサード、イギリス出身の元F1ドライバー。2008年にレッドブル・レーシングを最後にF1を現役引退。現在はBBC(英国放送協会)のF1解説を行っている。AMGのブランドアンバサダーも務めている。妻はカレン・ミニエ。

英国紳士

様々な噂やゴシップの多いF1界において紳士的であったクルサード。F1で茶飯事であったチームメイト同士の不仲説もなく、関係もどれも良好であったという。レッドブル時代には、「札付き」マーク・ウェバーとも2年間うまくやっていた。引退後はその紳士役を同郷のジェンソン・バトンへと譲ったが、バトンが去って以降はこれを引き継いでいるものはいない。

デイビッド・クルサードと妻カレン・ミニエ、SIHHのIWCシャフハウゼン・ブースにて
© Harold Cunningham/Getty Images for IWC、妻カレン・ミニエとデイビッド・クルサード

主なキャリア

引退後はF1解説者としてのキャリアを重ねつつ、レッドブル・レーシングの各種イベントに参加。過去のF1マシンをドライブし、華麗なドーナツターンを決める役割を担っている。

1989年
ヨーロッパにおけるジュニア・フォーミュラの代表格であるフォーミュラ・フォードに参戦。
1991年
イギリスF3に参戦。ルーベンス・バリチェロとのチャンピオン争いの末ランキング2位となる。
英国の優秀な若手レーサーに贈られる「ポール・ワーウィック記念杯」の初代受賞者となる。
1993年
ウィリアムズのテストドライバーとなる。
1994年
アイルトン・セナが第3戦サンマリノGPで事故死し、その代役としてF1デビュー。
しかし第7戦と第14戦以降シーズン最終3戦のシートは、ナイジェル・マンセルに譲る。
1995年
チームメイトのデイモン・ヒルを凌ぐ速さを見せ、第13戦ポルトガルGPでは初優勝。
1996年
マクラーレンに移籍。
1997年
開幕戦オーストラリアGPで優勝。チームにとっては4シーズンぶりとなる。
1998~2003年
チームメイトは~2001年までミカ・ハッキネン、2002年~キミ・ライコネンをチームメイトに迎える。
2004年
当時F1参戦初年度のレッドブル・レーシングに移籍。開幕から3戦連続でポイントを獲得。
2008年
F1引退。最終戦はレーススタート直後にリタイア。
2009年
レッドブル・レーシングとスクーデリア・トロ・ロッソのアドバイザー兼テストドライバー。
BBCのコメンテーターも務める。
2010年
ドイツツーリングカー選手権(DTM)に参戦。
2012年
ドイツツーリングカー選手権(DTM)引退。