イモラ・サーキットcreativeCommons Sentoan

イモラ・サーキット

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サーキットデータ

名前
イモラ・サーキット
所在国
イタリア
設立年
1953年
デザイン
改修時:ヘルマン・ティルケ
コース全長
4,909m | 17コーナー
レコード
1分20秒411 M.シューマッハ / フェラーリ / 2004年
WEBサイト
www.autodromoimola.com

イモラ・サーキットとは、イタリアのイモラ市にあるサーキット。正式名称はアウトードロモ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリで、フェラーリ創業者のエンツォ・フェラーリとその息子のディーノを記念してつけられた。1989年にエンツォ・フェラーリが亡くなったのを機に、アウトードロモ・ディーノ・フェラーリから改称された。

1国1開催を原則とすることになった2007年以後はモンツァ・サーキットにとって替わられた。F1のサーキットから除外された後、ヘルマン・ティルケの監督のもと全面改修され、イモラはF1のテスト走行ができるグレード1Tの認証を受けたが、この認証ではレースは開催できない。

しかし2011年イモラににFIAの最高認証「1」の格付けが与えられ、再びF1グランプリを開催できる立場になっている。

魔の1994年サンマリノGP

イモラを語る上で避けて通れないのが1994年のサンマリノグランプリである。そう、アイルトン・セナが、ローランド・ラッツェンバーガーが事故死したあのグランプリだ。

  • フリー走行、ジョーダンのルーベンス・バリチェロがコースアウトし横転。鼻骨を骨折。
  • 予選、シムテックのローランド・ラッツェンバーガーのマシンのフロントウイングが脱落。時速300km/hでコンクリート壁に激突し死亡。
  • 決勝、ベネトンのJ.J.レートにロータスのペドロ・ラミーが追突。壊れたパーツが観客席に飛散し数名が怪我。
  • 決勝、上記クラッシュによるセーフティーカー退出直後1周目にウイリアムズのアイルトン・セナがクラッシュ。帰らぬ人となる。
  • 決勝、ピットインしたミケーレ・アルボレートのリヤタイヤが外れ、ロータス・フェラーリのピットクルーに直撃し重傷。

一連の悲劇

アイルトン・セナ、クラッシュの様子